貧困街にてそれは対峙する
《貧困街・奥地》
「ここですわね」
サラとモミジは、そこに居た。
様々な色の色彩がブチ撒けられた壁と、数多の浮浪者の視線が交差する、その貧困街の奥地に。
羽虫が這い、獣が塵を漁る、その貧困街の奥地に。
彼女達は、居た。
「……おい」
必然。
幾ら身形から装飾品を外していようと、その品格から貧困街に似つかわしくない者である事は一目瞭然だ。
否、それだけではない。そこではない。
モミジという、貧困街で最も忌むべき一族の女である彼女が。
この場所に居るだけで、それは必然なのだ。
「お前、どの面下げて!!」
貧困街の浮浪者が、その手にナイフを持ってモミジへと襲い掛かった。
いいや、襲い掛かったと言えるほど洗練された物ではない。
ただナイフを振りかぶって、素人ですら楽に避けられるほどの構えで、斬り掛かったのだ。
それ程に、それしか出来ない程に、怒りで我を忘れていたから。
「[空舞う鷹の弾丸]」
一発の発砲音、二発の弾丸。
一発はナイフを、一発は浮浪者の腹を穿ち、霧散する。
故意に威力が極度まで削減された狙撃だ。致死性はない。
「……ありがとうございます、サラさん」
「うふふ、これが私の役目ですもの」
にこやかに返答しながらも、サラが感じるその場の雰囲気は尋常ではなかった。
道行く中、老人から子供までが自分達を憎悪の瞳で、否、殺意の眼光で睨み付けてくる。
もし自分に力があれば、もし手元に刃があれば。
先の老人のように斬り掛かってやるのに。例え捨て身であろうとも、殺してやるのに。
憎き先代の愚王が娘、モミジを。
ーーー……この手で、屠ってやるのに。
「……っ」
「大丈夫ですか? モミジさん」
「大丈夫です。……覚悟していた事ですから」
この貧困街に居る者は殆どが、自身の父による圧政で住処を追われた者達だ。
異常な税、権力者の暴走、治安の放棄ーーー……。住処を追われるには充分過ぎる理由だろう。否、中には住処だけでなく、命すら無くした者も居るはずだ。
そう、ここは自身の父が、嘗ての愚王が創り出した負の遺産なのだ。
自身が背負うべき、負の遺産なのだ。
「……だから、私は」
「だからーーー……、何だ?」
男の声が響き終わるよりも前に、サラは銃を構えてモミジの前へと構え出ていた。
狙撃用の長い銃身が、まるで刃のように男へ向けられる。
漆黒の銃身を、漆黒の色眼鏡に溶かす、その男へと。
「結局はこうなるんだ、シャーク……。お前を信じた俺も、俺を信じたお前も、裏切られる。俺とお前を信じたあの子は、もっと……」
彼の、デッドの視線はこちらになど向いていない。
虚ろな中で、例うならば黒眼鏡を通して闇の中を見るかのように。
誰に言うでもない言葉を口端から零しつつ、ゆらり、ゆらり。
「モミジさん、あの男は危険ですわ。何か、尋常ではない物を抱えています」
サラは周囲に気を配りつつ、数歩下がる。
一歩、二歩、三歩と。
そして、四歩目で彼女は気付いた。
つい先程まであった幾多の殺気が全て消えていることに。
残されたのは自身とモミジ、そして眼前の男であることに。
「……あ」
黒が空を舞い、太陽を割る。
気付けばサラの両手は天を仰ぎ、崇め称えていた。
眼前には脚を振り上げたデッドと、自身へ向けられた双対の巨銃。
そして、獣が如き、否。
獣の、眼光。
「貴方は、獣人ーーー……!!」
「いいや、ただの命知らずだ」
双対の巨銃から放たれる、人指程もある銃弾。
頭蓋骨を穿つ程度ではない。恐らく数十人が並んでいようとも、その臓腑を貫き壁面に亀裂を走らせるであろう威力。
それを、デッドは何の躊躇もなくサラと、彼女に重なるモミジに撃ち放ったのだ。
無論、その命を絶つ為に。
「女性に銃を向けるとか」
舞うは紅蓮。
衣より伸びし華奢な腕が、全てを破断する。
大凡、瓦礫一つとして入らぬであろう隙間に、彼女は腕を振り抜いたのだ。
太刀すら持たぬ、素手を。
「……テメェ、今更来たのか」
「えぇ、今更来ました」
驚きの余りモミジごと倒れたサラの前に、彼女は立つ。
紅蓮の衣を纏い、その華奢な掌から二つの鉛玉を落とした彼女は。
魔炎の太刀を構えることもなく、凄まじい眼光だけでデッドへと立ち向かう彼女は。
「[獣人の姫]。お前も、信じてたんだがな」
「私は今でも信じてますよ。決して裏切ったりはしないと」
「妄想は結構だ。だが、シャークも、お前も、そこの小娘も。あの子を裏切った……。俺がこの双銃を構える理由としては充分だろうが。なァ?」
「……私は仲間を信じます。理由はそれで充分でしょう?」
双銃がスズカゼの眉間に突き付けられ、魔炎の太刀がデッドの首筋に添えられる。
獣人の筋力による、瞬発力。スズカゼの異常な反射による、対応力。
どちらかが引き金を引けば、或いは刃を引けば。
双方が命を絶つであろう事は明白だった。
「……」
「……」
合図は。
太陽から落ちてきた、黒き銃身。
狙撃銃の、落下音。
「ッッ!!」
「かァッッッッ!!」
二人は言葉にならない叫びと共に、刹那を駆ける。
常人は視認出来ず、超人でさえも、或いは感知出来ない世界の中で。
双方の武器は、互いに引き金を、或いは刃を。
引いた。
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