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獣人の姫  作者: MTL2
南の大国
511/876

貧困街にてそれは対峙する

《貧困街・奥地》


「ここですわね」


サラとモミジは、そこに居た。

様々な色の色彩がブチ撒けられた壁と、数多の浮浪者の視線が交差する、その貧困街の奥地に。

羽虫が這い、獣が塵を漁る、その貧困街の奥地に。

彼女達は、居た。


「……おい」


必然。

幾ら身形から装飾品を外していようと、その品格から貧困街に似つかわしくない者である事は一目瞭然だ。

否、それだけではない。そこではない。

モミジという、貧困街で最も忌むべき一族の女である彼女が。

この場所に居るだけで、それは必然なのだ。


「お前、どの面下げて!!」


貧困街の浮浪者が、その手にナイフを持ってモミジへと襲い掛かった。

いいや、襲い掛かったと言えるほど洗練された物ではない。

ただナイフを振りかぶって、素人ですら楽に避けられるほどの構えで、斬り掛かったのだ。

それ程に、それしか出来ない程に、怒りで我を忘れていたから。


「[空舞う鷹の弾丸フォークス・ペルスカイ]」


一発の発砲音、二発の弾丸。

一発はナイフを、一発は浮浪者の腹を穿ち、霧散する。

故意に威力が極度まで削減された狙撃だ。致死性はない。


「……ありがとうございます、サラさん」


「うふふ、これが私の役目ですもの」


にこやかに返答しながらも、サラが感じるその場の雰囲気は尋常ではなかった。

道行く中、老人から子供までが自分達を憎悪の瞳で、否、殺意の眼光で睨み付けてくる。

もし自分に力があれば、もし手元に刃があれば。

先の老人のように斬り掛かってやるのに。例え捨て身であろうとも、殺してやるのに。

憎き先代の愚王が娘、モミジを。

ーーー……この手で、屠ってやるのに。


「……っ」


「大丈夫ですか? モミジさん」


「大丈夫です。……覚悟していた事ですから」


この貧困街に居る者は殆どが、自身の父による圧政で住処を追われた者達だ。

異常な税、権力者の暴走、治安の放棄ーーー……。住処を追われるには充分過ぎる理由だろう。否、中には住処だけでなく、命すら無くした者も居るはずだ。

そう、ここは自身の父が、嘗ての愚王が創り出した負の遺産なのだ。

自身が背負うべき、負の遺産なのだ。


「……だから、私は」


「だからーーー……、何だ?」


男の声が響き終わるよりも前に、サラは銃を構えてモミジの前へと構え出ていた。

狙撃用の長い銃身が、まるで刃のように男へ向けられる。

漆黒の銃身を、漆黒の色眼鏡に溶かす、その男へと。


「結局はこうなるんだ、シャーク……。お前を信じた俺も、俺を信じたお前も、裏切られる。俺とお前を信じたあの子は、もっと……」


彼の、デッドの視線はこちらになど向いていない。

虚ろな中で、例うならば黒眼鏡を通して闇の中を見るかのように。

誰に言うでもない言葉を口端から零しつつ、ゆらり、ゆらり。


「モミジさん、あの男は危険ですわ。何か、尋常ではない物を抱えています」


サラは周囲に気を配りつつ、数歩下がる。

一歩、二歩、三歩と。

そして、四歩目で彼女は気付いた。

つい先程まであった幾多の殺気が全て消えていることに。

残されたのは自身とモミジ、そして眼前の男であることに。


「……あ」


黒が空を舞い、太陽を割る。

気付けばサラの両手は天を仰ぎ、崇め称えていた。

眼前には脚を振り上げたデッドと、自身へ向けられた双対の巨銃。

そして、獣が如き、否。

獣の、眼光。


「貴方は、獣人ーーー……!!」


「いいや、ただの命知らず(デッド・アウト)だ」


双対の巨銃から放たれる、人指程もある銃弾。

頭蓋骨を穿つ程度ではない。恐らく数十人が並んでいようとも、その臓腑を貫き壁面に亀裂を走らせるであろう威力。

それを、デッドは何の躊躇もなくサラと、彼女に重なるモミジに撃ち放ったのだ。

無論、その命を絶つ為に。


「女性に銃を向けるとか」


舞うは紅蓮。

衣より伸びし華奢な腕が、全てを破断する。

大凡、瓦礫一つとして入らぬであろう隙間に、彼女は腕を振り抜いたのだ。

太刀すら持たぬ、素手を。


「……テメェ、今更来たのか」


「えぇ、今更来ました」


驚きの余りモミジごと倒れたサラの前に、彼女は立つ。

紅蓮の衣を纏い、その華奢な掌から二つの鉛玉を落とした彼女は。

魔炎の太刀を構えることもなく、凄まじい眼光だけでデッドへと立ち向かう彼女は。


「[獣人の姫]。お前も、信じてたんだがな」


「私は今でも信じてますよ。決して裏切ったりはしないと」


「妄想は結構だ。だが、シャークも、お前も、そこの小娘も。あの子を裏切った……。俺がこの双銃を構える理由としては充分だろうが。なァ?」


「……私は仲間を信じます。理由はそれで充分でしょう?」


双銃がスズカゼの眉間に突き付けられ、魔炎の太刀がデッドの首筋に添えられる。

獣人の筋力による、瞬発力。スズカゼの異常な反射による、対応力。

どちらかが引き金を引けば、或いは刃を引けば。

双方が命を絶つであろう事は明白だった。


「……」


「……」


合図は。

太陽から落ちてきた、黒き銃身。

狙撃銃の、落下音。


「ッッ!!」


「かァッッッッ!!」


二人は言葉にならない叫びと共に、刹那を駆ける。

常人は視認出来ず、超人でさえも、或いは感知出来ない世界の中で。

双方の武器は、互いに引き金を、或いは刃を。

引いた。




読んでいただきありがとうございました

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