少女を歯車として動き出す
《王城・地下牢》
「…………」
サラは地下牢の中で、その足に鎖を繋がれ、静かに瞼を閉じていた。
己が如何なる罪でここに囚われているかは知ってこそいるが、どのみち逃げられる物ではない。
少なくとも、罪人にしては豪華と言えるほどの、食事は用意され絨毯が敷かれた上にベッドには毛布まである所を見るにーーー……、未だ相手も自分の扱いに困っているのは間違いない。
「……どうしましょう」
貧困街で捜索を行っていた際、自分は兵士に捕縛された。
理由を聞いても今は疑い程度ですからの一点張り。
そして何かを言う暇もなく、こうして地下牢に入れられてしまった。
「デイジーは、上手く逃げているでしょうか……」
心配事はただそれだけだ。
スズカゼは何があろうと大丈夫だろうし、そもそもあの人物を心配すること自体が間違いだろう。
ならば、自分が気にするのはデイジーのことだけ。
彼女が上手く逃げていてくれれば、どうにかーーー……。
「少し、良いですか」
ふと気付けば、牢を隔てた場所に一人の女性が居た。
幾本かの鉄柱に阻まれていようと、その姿は良く見える。
蝋燭に照らされて微かに光を浴びる、その女性の姿は。
「モミジさん……」
「デイジーさんの事です」
「私が言うことは何もありませんわ。そうですわね、強いて言うならデイジーはそんな事をしない、でしょうか」
「私もそう思いたい。あの人は決してそんな人ではない、と。……けれど、私は解らないんです。自分の信じる物が正しいのか、目の前に突き付けられた現実が正しいのか」
「……私にも、それは解りません。けれど私はデイジーを信じますわ」
「どうして、そこまで信じられるんですか?」
「だって仲間ですもの。彼女は私と共に騎士の道を歩んできた、仲間です。だから信じるのですわ。彼女は決してやっていない。彼女は無実である、と」
サラの微笑みに偽りはない。
心からデイジーを信じ、曲がらない意思がそこにはあった。
故に、モミジは困惑したのだ。彼女の意思を前にして。
自分は何をしている? 自分は何を慌てている?
信じるべきではないのか、支えてあげるべきではないのか。
ツバメは今も哀しんでいる。今も、ずっと、泣いている。
あの時、愚王の娘として産まれた、その時から、あの子は、ずっと。
「……解りました」
モミジは牢を開き、サラの拘束を解いた。
蝋燭の光は鉄の手錠に反射し、牢の鉄柱に白色の影を作る。
白と黒が重なり、揺らめく幻影を前に、モミジはサラへと頭を下げた。
「どうか……、協力していただけませんか。恐らく全てを知っているであろう人に会いに行きます」
「……解放してくれるのは有り難いのですけれど、どうして私も?」
「あの場所に向かうには私一人では危険なんです。いえ、先代の血族である私や兄は例外なく……、憎悪の対象となるでしょう」
「だから護衛になれ、と?」
「強制はしません。……むしろ私はお願いする立場です。どうか、私に手を!」
モミジはより深く頭を下げ、腹の底から肺の息全てを絞り出して叫んだ。
その悲痛な叫びに偽りなど無く、その願いに虚偽など有り得ない。
彼女はただ、王室の、シャガル王国第一王女としてではなく。
ツバメの姉、モミジとしてサラ・リリエントに請うたのだ。
「……解りましたわ。私も是非お供します」
両腕にある僅かな痣を撫でながら、彼女はハッキリとそう言った。
決意に満ちた瞳を蝋燭の焔に照らすモミジと、にこやかに笑むサラ。
二人は今、武器を取って走り出す。
《王城・廊下》
「見張りは何をやっていたッ!?」
罵声が飛び交い、兵士達が口端を継ぐんで頭を下げる。
シャークはそんな彼等には目もくれず、ただツバメの私室へ駆け込んでいく。
最早、もぬけの殻になった、その私室へと。
「ッ……!!」
やはり、私室には誰も居なかった。
桃色の、ツバメらしい可憐な私室は多少荒れているが、誰かが侵入した形跡はない。
本当に、自分自身から抜け出していった様にしか、思えないのだ。
「……シャークさん、アレ」
だが、スズカゼは一人、誰も目を付けていなかった場所を指差した。
窓、しっかりと閉められた、それの端。僅かな、近付いても注視しなければ気付かないような亀裂。
「どういう事だ……?」
「簡単な話ですよ。多分、ここに石を投げて外から連絡を取ったんです。でも、ここは地面や庭から離れてるし、結構強く投げないといけなかったんでしょう。それで」
「窓に亀裂が入った、か……」
だとすれば、そう。
答えは必然と決まってくる。決まってきてしまう。
この状態でツバメを呼び、その上彼女が付いていくとなれば。
一人しか、居ないだろう。
「……兵士、スズカゼ・クレハを客室に案内して見張りを立てろ。武装はしなくて良い。どうせ無駄だからな」
「りょ、了解しましぅぐっ」
振り返ったシャークの目に映ったのは、気絶した兵士を両手に抱える一人の少女だった。
彼女はにこやかに笑んだまま、兵士を離し、魔炎の太刀を抜く。
眼前で国王が黒眼鏡の下で瞳を見開いているにも関わらず。
にこやかなままで、構えたのだ。
「心当たりがあるんですね?」
「……ある、が」
「そして私を逃がさないつもりなんですね?」
「……そう、だが」
「ならばやる事は一つですね?」
「……おい、待て」
「ちょっと国王誘拐犯になりましょうか」
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