赤き絨毯敷かれた謁見の間で
《王城・王座謁見の間》
「……事実か?」
絢爛な、王の座に相応しい一室。
外部からの衝撃に耐えられる構造であり、大凡、硝子窓でさえ大砲がなければ貫けぬであろう一室。
そこには眉間を抑えるシャークと、彼の隣で困惑と絶望に染まった表情で立つモミジ。
そして二人の前で気まずそうに背を丸めるタヌキバと、彼女の隣で息を切らしながらも堂々と立つキツネビの姿があった。
彼等を囲む王室の装飾は外からの光を受けて燦々と輝き、その雫を赤き絨毯に零す。
まるで、そこを海の水面とするかのように。
「はい……、事実ですわ」
キツネビの応答にシャークはただ言葉を失い、玉座に腰を沈めるばかりだった。
何が起こっているのかなど、理解出来るはずもない。
サウズ王国から招いた者の部下が、自身の妹を殺そうとしていた、と。
そう報告を受けて理解出来るはずなどないのだ。
「スズカゼ達は……、どうしてる?」
「まだ戻って来ていません。ですが、貧困街で見かけたという報告が……」
モミジの言葉により、彼は頭を項垂れた。
頭痛がしてくる、吐き気もだ。
何がどうなっている? どうしてスズカゼの部下がツバメを襲う?
私怨か? いや、そもそもツバメが他国に赴いたことはないし、メイアウスやゼルがそんな短絡的な部下を寄越すとは思えない。
ではスズカゼの指示? いや、それも有り得ないだろう。奴が手を出すとは考えられない。
サウズ王国自体が命令を下した? ならばもっと手練れを連れてくるはずだし、そもそもこんな無謀な事をするとは思えない。
ならば何だ? 何が目的でツバメを襲った?
「……いや」
残っているのがスモークならば心配はあるまい。
聞けば奴はベルルークのヨーラ・クッドンラーと対等に戦える実力を持つという。
サウズ王国の騎士とは言え、敵うはずもあるまい。
ならば自分は、戦闘不能となった奴に尋問すればーーー……。
「タヌキバさん! 居ますか!!」
シャークの思考を遮ったのは三つ。
一つ、蹴り飛ばされた王座謁見の間にある硝子窓。
一つ、聞きおぼえのある叫び声。
一つ、叫ぶ少女が抱えた一人の老体。
「……な」
頭痛は脳天を貫き、吐き気は喉奥まで上がってくる。
最早、意識すらも闇の奥深くへ葬ってしまいたかった。
今、最も話を聞くべき相手二人が同時に王座謁見の間へと文字通り飛び込んで来たのだ。
ただし片方は焦燥に汗を滲ませ、片方は重傷に血を滲ませて。
「隊長!!」
タヌキバは悲鳴に近い絶叫と共に、足下の絨毯が歪むことさえ気にせず走り抜けていく。
彼女同様、キツネビも悲鳴をあげそうになっていた。しかし自身が取り乱してはいけないと直感的に悟ったのだろう。その口を両手で押さえ、顔を歪ませたのはあくまで一瞬。
その後は落ち着いた様子で一度息を吐き、隊長の元で泣き叫ぶタヌキバの肩に手をかけた。
「タヌキバ、手当をしましょう。幸いまだ息はありますわ」
彼女の言葉を受け、タヌキバは大きく息を吸い込んだ。
落ち着くための深呼吸だが、それは血生臭い異臭を肺に満たす行為でしかない。
そして同時に、師匠の重傷具合を確認させる作業でしか、無かった。
「……解ったたぬ」
それでも彼女は落ち着いた。落ち着かざるを得なかったのだ。
スモークの身体は肩先から脇腹にかけて大きく切り裂かれており、筋肉の中には臓物が見えている。
骨は砕かれて欠片となり、臓腑を傷付ける刃となっていた。
大凡、常人であれば即死の重傷。それでも耐えていたのはこの傷を創り出した一撃をスモークの尋常なる筋肉繊維が受け止めたからに他ならない。
然れど致命傷な事に変わりはないだろう。
「今からここで施術を行うたぬ! キツネビはいつも通り隣で補助!! モミジ様は急いで医療道具と人員を連れてきて欲しいたぬ!!」
二人は返事を終わらせるよりも前に行動へ掛かった。
喧騒に覆い尽くされ、赤絨毯は血と靴に蹂躙される。
豪華な装飾も煌びやかな扉も、今では誰一人として目を奪われはしない。
ただ、その喧騒の中、己の果たすべき役目に奔走するのみ。
尤も、それはたった一人の男を除いて、だが。
「スズカゼ・クレハ」
周囲の装飾になど目もくれず、周囲の喧騒になど目もくれず。
その男はただ一言、呟いた。
大凡、喧騒に消されるには余りに充分過ぎるほどか細い声で。
「……何ですか」
然れど、少女はその声に振り向いた。
もし何の意味も無く呼ばれたのであれば、或いは気付かなかっただろう。
気付くはずもなく、ただスモークを救おうと自身も奔走しただろう。
だが、無視する訳にはいかないのだ。無視するはずなどないのだ。
殺気を込めた言葉を向けられて、無視など。
「別室に移るぞ」
用件は言わない、ただそれだけ。
その一言に全てを集約し、従わせる。
それは間違いなく王の威厳であり、憤怒だった。
「解りました」
だが、スズカゼはそれに怯むことなく対応する。
背を仰け反らせることも踵を引くこともなく、だ。
刹那、然れど二人の間では永劫に思える程に視線を交わす。
その中には抗いと殺気が混じり合い、そして。
喧騒の中へと、消えていった。
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