貧困街を舞う白き煙
《貧困街・酒場[蒼き空]》
「いや、見てないな」
「そうですか……」
「ふむ、そうか」
白き濃煙の隊長ことスモークとキツネビは貧困街の酒場を訪れていた。
ツバメを捜索する中、彼等は経験則に従って酒場へとやってきた。
大抵、迷い人はこうして人目のある所に来る。
歩くだけで危険に晒される貧困街などであれば尚更だろう。
と言うことで酒場に来たし、他にも色々と回ったのだが。
ツバメという少女の目撃情報は一つとして無かった。
「……隊長、いえ、スモーク。これは」
「うむ、少し妙じゃな。道を知らずすればこの酒場に迷い付く。ここはそういう立地じゃ。少なくとも危険地に踏み込む馬鹿や道を知らぬ者でなければ、のう。なぁ? 店主」
「えぇ、まぁ。初めてこの国に来た人は大抵迷ってここに来ます。しかし、そのツバメという少女は見ていません」
「……そうか」
と、なれば。
必然的に答えは決まってくるだろう。
モミジから聞いていた話では所詮、少女の家出程度だった。
だが、話を聞いて道を辿り、道を辿って場所へ着いた。
然れど、その先に少女は居なかった。それどころか、パタンと途切れた。
たった一人のままで、途切れてしまった。
「連れ去られた、か」
「知っていたか、じゃな」
偶然にも、誰の目撃情報がない場所で連れ去られた。
若しくはここという場所を熟知し、誰の目にも付かない場所へ移動出来たか。
それとも、その二つの両方かーーー……。
「家出騒ぎでは済みそうにないのう」
「さらに言えば隠匿されてきた王室の人間ですものね……」
「珍しい話ではあるまい。強いて言うならばシャーク国王の気質からして隠していた理由が解らぬ。いったい、どうなっておるのか……」
二人は店主に別れの挨拶を向けて、そのまま店外へ。
行き詰まった捜索に首を捻り、息をつくばかりだ。
鬱蒼としたこの貧困街。流石に彼等へ手を出す馬鹿は居ないが、このままここに居続けるのも決して良いことではあるまい。
ツバメの姿が見えないのは本題として、先程サウズ王国からのスズカゼ第三街領主伯爵の姿が消えた、とも聞いている。
恐らく後を追って出て行ったのだろう。そこは目撃情報がある。
「……あの小娘共は面倒事ばかり」
「前からですわ。それにしても、どうします?」
「ふむぅ……」
このまま手分けして探しても良い。
しかし、それは余りに非効率だし、先程の仮定からしてツバメなる少女がこの貧困街を熟知していれば煙に巻かれることは間違いないだろう。
ならば再び聞き込みか? いや、それも余りに効率的とは言えまい。
一度、王城へ戻って人員を率い、大々的に調べてみるべきだろうか。
しかし、隠匿された王室の人間をそこまで大々的に調べるのもーーー……。
「……いや」
変更だ。
それら全ての前に、やるべき事が出来た。
「スモーク」
「あぁ……、この音は戦闘の音じゃな」
粉砕音と金属音、そして糸のように細いが乱れる霊力。
さして遠くない場所で戦闘が行われている。否、戦闘と言っても一方的な物だろう。
片方が逃げ、片方が追いかけている。
程度の低い、貧困街ならではの争いと言えばそれまでだが、使っている武器が妙だ。
「攻撃が単調だが、威力が高い。良い風斬り音があるーーー……。中々、上等な武器を使っているようじゃな」
「まさかこの貧困街で、そんな武器を使えるはずがありませんものね」
二人は視線を合わせるよりも先に走り出していた。
大方、巨体の老人と華奢な獣人の速度ではない。
貧困街を隔てる瓦礫の壁、壊れかけの建築物を軽々と飛び越え、穴の空いた屋根に降り立つ。
巨岩が落ちたのかと思うほどの衝撃が起こると思いきや、音はなく。
柔い羽毛が一枚落ちた程度の感触しか、屋根には伝わらない。
「行くぞ」
「はい」
二人は音すら立てず、トタンの屋根を駆け抜けていく。
大方、端から見れば刹那の陰りが出来た程度にしか思えぬだろう。
よもや、自身の数倍はある老体と美麗なる獣人が駆けていると想像出来るはずもなく。
それは明らかに異質な光景だったが、誰一人として気付く者は居なかった。
《貧困街・路地裏》
「……これは」
その場へ踏み込んだスモークとキツネビが見たのは、幾多の斬撃痕。
相当な力で振ったのか、排水筒は両断され、建築物の煉瓦まで抉れてしまっている。
そして、巻き込まれたであろう幾人かの浮浪者達だったであろう、肉塊も。
「殺す気だろうな」
「異常に過ぎますわ。ただの喧嘩などで……」
その先に居る、何か。
陰りの中で乱舞する、その存在。
周囲に火花を散らしながら逃げ回る何かを追い回している。
「……スモーク! アレは!!」
獣人の瞳に映ったのはツバメの姿だった。
振り回されるハルバードから必死に逃げる彼女の、姿。
その表情は恐怖に引き攣っており、頬には汗と涙が混じった雫が飛び散っている。
最早、悲鳴をあげることすら出来ないほどに彼女は疲労の色を見せていた。
「助けるぞ」
言葉が先か疾駆が先か。
隊長はそのハルバードを振り抜く者へと拳撃を叩き込む。
一撃はその者を弾き飛ばし、瓦礫の山へと頭から突っ込ませる。
騒音に近い衝撃のそれには目もくれず、キツネビは急いでツバメへと駆け寄っていった。
「大丈夫ですか?」
「っ……! っ……」
少女は恐怖の余りか言葉が出る状態ではなく、今にも気を失ってしまいそうな程だった。
小刻みに震え、汗に濡れた身体。
その表情含め身体、精神状態からしても本気で死を感じていたのだろう。
本気で、殺されると。
「スモーク……」
「御主はそれを連れて戻れ。儂は此奴に聞かねばならぬ」
メキリ、と。
掌の肉と骨を鳴らす、スモークの眼光。
殺意と怒気に塗れたそれが見据えていたのは、瓦礫より這い出る一人の女性。
デイジー・シャルダ、その者だった。
「なぁ、小娘よ」
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