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獣人の姫  作者: MTL2
南の大国
505/876

命知らずと紅蓮


《貧困街・奥地》


「く、はははは!」


デッド・アウトは上機嫌だった。

そう、何も混じりけのない上機嫌だ。湖に赤い液体を垂らし、じわじわと広がっていくような物ではなく。

湖全てが真っ赤なほどに。純粋なまでの上機嫌。

それこそ部下達が困惑するのも無理はない。今まで寡黙、若しくは不機嫌な事が多く、機嫌が良くても精々口端を崩す程度だった、貧困街の頂点に立つこの男が。

酒に酔った若人のように大声で笑い上げているのだ。

何も悪いことではないが、部下達はどうにも苦々しい空気を感じていた。

余りに男が上機嫌すぎて、気まずい。


「お前等も飲め! 変わるぞ、この国が!!」


祝杯は部下にも振る舞われる。

大凡、貧困街で生まれ育った者達が飲めるはずもない酒。

一滴だけで、その雫だけでも宝石と言い換えられるほどの高級品だ。


「い、良いんスか?」


「構わん! こんな素晴らしい日は久々だ!!」


部下達は困惑に困惑を重ねて困惑で塗り潰しつつも、デッドに頭を下げて祝杯を貰っていく。

美しい白銀が杯へ注がれ、宝珠を散らすが如き泡沫を立たせる。

彼等はそれに瞳を移ろわせ、思わず頬を緩ませた。

嗚呼、これほど美しい物はどんな味がするのだろう、と。

舌なめずりし、狂ったように踊る舌を必死に抑え付け。

ゆっくりと、それに、口を付けた。


「はい失礼」


然れど、宝石の雫が部下の口に入ることはなく。

宝石の雨を飲んだのは口すらない埃塗れの地面だった。

余りに呆気なく、それは無くなってしまったのである。

一生に一度飲めるかどうかの、その宝石が。


「て、テメェ!!」


「ん? あ、すいません。取り敢えず後で何か奢ります」


「ふっざけんな!! つーかテメェ誰だ!? ここは餓鬼の来るトコじゃねぇぞ!! このド貧乳ッッ!!」


刹那。

男は宙を舞っていた。

全身をねじ切らんばかりに回転しながら、軽やかに。

他の部下達が口を開けて酒を零す中、その男は、零れゆく宝石の雫のよりも美しい弧を描きながら、地面へと叩き付けられる。


「誰がド巨乳だ? あ? その通りだよ!!」


「いや貧乳つったんじゃ……」


犠牲二人目。


「そこまでにしとけェ、小娘。いや、サウズ王国第三街領主伯爵様っつった方が良いか?」


吹っ飛んだ部下二名を前にしながらも、彼は未だ上機嫌だった。

襲撃者、否、スズカゼの行いですらせせら笑うように赦している。

スズカゼはデッドのそんな様子に疑問を抱きながらも、彼の前へと敢えて太々しく腰掛けた。

侮辱や虚勢の意味ではなく、デッドの上機嫌さで何処まで赦されるかを知る為に。


「下らねぇ探り合いはやめろよ、[獣人の姫]」


「……私ってやっぱ向いてませんね、こういうの」


「だろうよ。で? 用件はなんだ。今なら何でもとは言わねぇが、大抵の事になら答えてやるぜ」


「それは有り難い。実はある女の子を探してまして。その子の霊力を辿ったらこの辺りに到着したんですよ」


「ほう? 人捜しか」


「今、私の仲間が周辺を探してます。それで見付かりゃ万々歳なんですが念には念をと思いまして」


「仲間? あぁ、あの女騎士共か。この辺りを女だけで歩かせるなんざどうなっても知らねぇぜ?」


「ですね。手加減するようには言っておきました」


僅かにだが、デッドの眉根が動く。

然れど笑みは崩さず。歪んだ口元は崩さず。


「良いだろう。で? その探してる女の特徴は何だ?」


「可愛い子でお尻が小さく胸も控えめで、口使いはちょっと粗暴だけど気弱な子です。名前はツバメ」


それを聞くなり、デッド・アウトは沈黙した。

今までの上機嫌がやはり幻だったのだろうと思わせる程に。

表情は全ての喜びは消え捨て、何も塗っていない白紙を思わせる。

否、最早それは一度紙を破り捨てて新しい紙を用意したようにすら感じられた。


「……直ぐ戻るさ」


そして、笑む。

新しい白紙に鮮やかな色を描いたかのように。

上機嫌による笑いではなく、ただ何処か寂しさが見える微笑みだった。


「知り合いなんですか?」


「まぁ、知り合いっちゃ知り合いかもな」


「そうでしたか。あぁ、そうそう」


スズカゼは指で自身の鼻先を突っついて見せる。

何かの仕草かと片目を細めるデッドの前で、彼女は彼にも負けないほど爽やかな笑みで言い放った。


「良い腕をしてらっしゃるようで」


くふっ。

それがスズカゼの言葉の次に静寂を打ち破った音だった。

デッドの口端から漏れ出た笑みこそが、静寂を打ち破ったのである。


「気付いてたのか」


「まぁ、はい。何となくですがね」


「何つー直感力だよ」


嘲笑うように、けれど何処か感心の色を見せつつ。

デッドは酒を注ぎ、杯をスズカゼの前へと差し出した。

認めよう、と。お前がこの場に居ることを認め、仲間を殴った事を赦そうという親愛の証だ。

敢えてそれを口で言わないのは貧困街なりの礼儀か、はたまた彼自身の性格か。

兎も角、スズカゼはそれを受け取って杯へ軽く口を付けようとし、そして。

静かに離した。


「……何だ? 未成年は飲めねぇなんて大国のお嬢ちゃんみたいなこと言うんじゃねぇだろうな?」


「いや、一度酔って店を出禁になった事が……」


「……ジュースで、良いか」


「お願いします……」



読んでいただきありがとうございました

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