混血の持つ秘密
《王城・ツバメ私室》
「ん、シャワー浴び終わった?」
「う、うん。気持ち良かった」
満足そうに笑み、ツバメの体を舐め回すように見る変態。
雫滴る髪先とうなじ、耳のように見えていた髪型はどうやら本当に耳だったらしく、ぴょこんと飛び出ているのがまた愛らしい。
特訓で多少打ち解けたとは言え、未だ怯えを隠しきれない様子も保護欲をそそるし、裸Tシャツという完璧なチョイスを持ってすればこれに欲情せぬ者などーーー……。
「……スズカゼ殿?」
「チッ」
しかし、その護衛も居る訳で。
何故か自分を護衛する為に着任したデイジーとサラは、今ではツバメの護衛だ。
いや何故かというか何でかは自分がよく知っているワケだが。
「あーあ、洗いっこしたかったなぁ……」
「あら、代わりに私と水を浴びたではありませんか」
「サラさんおっぱい触っても無言で見てくるじゃないですか……。まぁ、触りましたけど」
「うふふ。下半身に手が伸びたときは流石に怒ろうと思ってましたわぁ」
「ですよね。浴場の入り口に銃が置いてある時点でおかしいと思ったんですよ」
ため息をつきつつ、スズカゼは取り敢えず部屋を見回してみる。
ツバメの気風にあった、実に女の子らしい部屋だ。
桃色に塗られた木造の本棚、桃色の机と椅子、桃色のベッドに、桃色の絨毯と壁紙。
全体的に、桃色。
「……桃色、好きなの?」
「う、うん……」
「ファナさん連れてくりゃ良かったかな……」
桃頭で歳も近いはずの少女を思い浮かべつつ、と。
彼女は現状をどうするか悩んでいた。
先の訓練ではツバメの体力が無いという問題もあって途中で引き上げ、今こうして休息を取っているワケだ。
しかし効果はあって、ツバメの身体から常に魔力が放出されることは無くなった。
要するに、ツバメが無意識に、そして無差別に相手の精神を見ることは無くなったのだ。
だが、未だ安心は出来ない。所詮、自分が鍛錬で鍛え上げたのは表面の部分だ。
謂わば亀裂の入ったツボに泥を塗って固めただけに過ぎない。
何か急激な事があれば容易く崩れてしまう、脆い物だ。
本当はもっと専門的な人物が居れば効果的且つ合理的に鍛錬出来るのだろうが、そこは贅沢をーーー……。
……いや、考えてみればおかしいではないか。彼等は金銭的に困るような立場ではない。
ならば専門的な人物を傭って鍛えさせた方が良いはずだ。
だと言うのに、どうして自分を選んだのだろう?
「あ、あの、どうかしたのか?」
「……ん、いや、ツバメちゃんがエロ可愛くて」
「……スズカゼ殿?」
「事実です!!」
いや、理由は明白だ。
ツバメは獣人と人間の混血。自分が精霊と人間の狭間に立つ存在であるように、彼女も獣人と人間の狭間に立つ存在なのだ。
自分の存在は宗教的観点から隠されているが、彼女はどうだ?
自分は少なくとも獣人と人間の混血など初めて見た。恐らく種族の違いからして出来にくいという事もあるのかも知れない。
いや、重要なのはそこではなく、彼女という存在が獣人否定派の人間に知られればどうなるか、だ。
間違いなく抹消対象として脳内に刻まれる。獣人を否定する人間にとって、人間の中間に立つ彼女は正しく存在を赦されない生命だ。
況してそれが王族の対象、即ち自分達が容易に手を伸ばせないものだとすればーーー……。
間違いなく、尋常では無い手段を取るだろう。
「ったく、こんなカワイイ娘を……」
悪態も出るという物だ。
下らない見栄に贅肉が付いたような論理感。
そんな物の為に、こんな健気な少女を奥底へ押し込めなければならない世界。
何と、下らないことか。
「……ん、そうだね。ツバメちゃん、ちょっと特訓は一回お休みにしてお話しよっか」
「え……、やだ……」
「いや河川で襲おう……、じゃねぇや。見ちゃったことは謝るからさ」
「だってスズカゼさんから、嫌な色の何かが見えるんだもん……。黒色と桃色と白色と赤色が混じったような……」
「それを濁っていると言うのです、ツバメ殿」
「デイジーさん的確な罵倒を本人の前で言わないで」
「スズカゼさんが濁ってる……」
「本人濁ってるみたいに言わないでくれる!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐその光景をにこやかに眺めていたサラだが、ふと、ある事に気付く。
それは当然と言えば当然の疑問で。
必然と言えば、必然の矛盾。
「ツバメさんは王族なのですわよね? ならば、どうして河川に居たのですか?」
何と言う事はない、素朴な呟き。
然れど彼女の言葉に視線を向けたツバメは、その瞳を見開いた。
先までの喧騒が嘘だったかのように、喉奥を枯らして。
「そう言えば確かに……」
存在が隠匿されていたのであれば、外に出ることなど出来ないはずだ。
厳重な監視の下、その存在が何処からも漏れないように扱われるはずだ。
スズカゼのように内面ならば特定の者が言わなければ良いだけだが、ツバメのそれは、見る者が見れば外面でも判断出来てしまう。
それ、故に。
彼女が外へ出ることを、シャークが赦すはずがない。
「…………っ」
少女は視線を落とし、口端を結ぶ。
まるで、悪戯を言い当てられた子供の仕草だ。
然れどその表情は、子供のそれではなく。
むしろ切迫した、子供が浮かべるはずもない程の、焦り。
「つ、ツバメちゃ……」
ツバメはスズカゼを突き飛ばすようにして走り出していた。
扉を勢いよく開け放ち、皆が伸ばす手すら振りきって。
彼女は自身の私室から逃げるように、出て行った。
「……ま、マズいことを聞いてしまったのでしょうか?」
珍しく狼狽えるサラに、スズカゼは慰めの声をかけることすら躊躇っていた。
いや、躊躇いではなく、困惑しているが故に言葉が出なかったのだ。
あの少女は何かを抱えている。恐らく、シャーク国王すら知らない何かを。
そして、それはきっとかなり重大な事なのだろう。異質な位置に立つ、王族の持つ秘密というのは。
これに関われば、間違いなく厄介な事になる、が。
「目の前でカワイイ女の子が困ってる。ならば助けるが我が道だ、っと」
スズカゼは軽く両肩を鳴らし、未だ慌てるデイジーとサラの両肩に手を置いた。
いつも通りの、否、嘗ての、とても和やかな雰囲気を纏って。
「さぁ、面倒事に突っ込みましょうか」
ただ一言、笑った。
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