魔力の制御
《王城・裏庭》
「……って事で、特訓を開始したいんです、が」
未だ怯える少女の前に座す、スズカゼ。
彼女を囲むようにして構えているのはデイジーとサラだった。
二人は正しく門番だとか番人だとか、そんな表現が似合うほどスズカゼへ威圧感を与えるようにして立っているのである。
端から見れば気弱な裁判官と被告人が対面している光景にすら思えるだろう。
「何この状況」
「モミジ様からスズカゼ殿を見張るようお願いされまして」
「手を出せば撃ち抜いて良いというお達しですわぁ」
「あの人も大概じゃねーか。ねぇ、ツバメちゃん」
「やっ……」
「泣きそう」
涙を堪えるように空を見上げつつ、スズカゼはよしと気合いを入れ直す。
嫌われているのなら好かれれば良い。今回は性癖も封印しよう。封印できるのか。
否、するのだ。これ以上は嫌われるどうこう以前に国家の危機である。
「で、取り敢えず魔力の扱いなんだけど、今は魔法常時発動状態なんだよね?」
「う……、うん。こう、ぼやぁって見えるよ。スズカゼ様のは……」
「様は付けなくて良いよ。もっと気楽に」
「す、スズカゼさんのは……、こう、何だか二つの色が入り交じってて」
「うん。……うん!」
あ、これはヤバい。
何がヤバいってこの子、自分の[霊魂化]を見抜いている。
最近は気にしていなかったが、自身の体質は異常な存在なのだ。
ツバメという少女は獣人との混血だが、自分は精霊との混血だ。
もしフェアリ教を進行するスノウフ国に知られたら、異端として滅ぼされるかも知れない。
流石にフェベッツェ教皇やあの国の人達がそんな悪人だとは思えないが、彼女達だけで国が回っているワケではないし、気を付けるに超した事はないだろう。
「それで、他の人達は……」
「うん解った! この話はやめよう!! 解ったから!!」
「わ、解った……」
困惑する少女を前に、どうにか話題を逸らせたスズカゼは安堵の息をつく。
取り敢えずこの話題は危険だ。その意味では一刻も早く彼女に魔力の扱いを覚えて貰わなければ。
「し、しかしスズカゼ殿。横から何ですが、魔力の扱いに関しては大丈夫ですか? その、スズカゼ殿は感覚で覚えてらっしゃいそうで……」
「まぁ、使うときは大体が感覚ですけどね。ちょっとぐらいは理論で組み立ててるんですよ。と言うかリドラさんに組み立てさせられました」
「では安心ですな」
「私への信用感の無さが辛い。それはさておき、魔力の制御訓練を始めよっか」
「お願いします……」
「えっとね、魔力ってのは体の中に流れる血液のような物で、万物生命の根源である。魔力は生命より発せられる存在であり、休息や睡眠によって回復するのが最も効果的。で、本来的な制御は人間誰しもが呼吸の方法を習わないように先天的に持っている物だが、稀にそれを知らず産まれてくる子供も居る。大抵はその身に見合わぬ魔力を持っているが故に暴発させる事が多い」
「私……、だよね?」
「ん、ちょっと違うかな。そして制御において最も重要なのは魔力を如何に意識下へ置くかという事である。自身の血流や肺の中に入った空気を移動させるような意識を持って訓練し、指先の切り傷を止血したり肺の空気を十秒間ほど停滞させて律動的に吐き出す行為が行えれば充分だろう、って」
「全てリドラさんの受け売りですわね?」
「勿論。こんな面倒な論理知ったこっちゃありませんがな」
「うふふ、スズカゼさんらしいですわぁ」
爽やかな潮風が髪を揺らし、頬を撫でる。
燦々と輝く太陽の熱と、冷たい風が丁度良い。
正しく夏の昼下がりといった日の中で、スズカゼは大きく背を伸ばした。
「取り敢えず実践第一だね。頭より体で覚えた方が良いし」
「ど、どうすれば……」
「まず目を閉じて深呼吸。意識を指先まで通して、そう、指先に触れる空気が感じられるぐらい。で、想像の中に真っ黒な穴を作って、飛び込む」
ツバメは彼女の言う通り、まず目を閉じる。
大きく息を吸って吐き、指先に意識を集中させるのではなく、脳天から糸が通るようにして指先へ。
そして瞼の裏に真っ黒な穴を作り、飛び込む。
真っ黒な穴だ。自分が進んでいるのか停滞しているのか落ちているのか飛び上がっているのかすら解らないような、穴。
不安に駆られ、恐怖する。少なくとも気弱で怖がりな少女にとって、それは闇よりも深い黒だった。
「んっ……!」
目を強く閉じて涙ぐみ、ツバメは喘ぐような悲鳴を漏らす。
それを合図としてか彼女の周りには霧のような白い靄が浮かび、消えていった。
集中している彼女を阻害しないように、スズカゼは小さな、デイジーとサラでさえ聞こえるかどうかという声で現状の説明を行う。
「アレが過剰な魔力みたいです。とは言っても一部だけですけど、あぁやって霧散させることで多少はマシになるんですよ」
「成る程……、これもリドラ殿の受け売りですか?」
「勿論。私もやらされましたけど、あの人の家が吹っ飛びそうになった所でやめさせられました」
「でしょうな……」
デイジーが呆れる中、少女はどうやら魔力の霧散を終わらせたらしく、ふっ、と肩の力を抜いてみせた。
しかし本人は終わった事に気付いていないようで、未だ涙ぐむ瞳を強く閉じたまま怯えている始末である。
その様子を見た変態が舌なめずりしたのは言わずもがな。
そしてデイジーとサラがツバメを守るように立ちはだかったのも、同様。
「……襲いませんよ」
「信用感がない」
「ですわねぇ」
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