模擬戦闘はハルバート
【サウズ王国】
《第二街南部・第三訓練場》
「へぇ、これ凄いですね……」
日も落ちて、蝋燭が室内を照らす頃。
スズカゼ達は喫茶店ローティから移動して第二街南部の第三訓練場に居た。
ここは騎士団の騎士達が休憩や訓練、駐屯地として使う場所だ。
半径10メートルはある模擬戦場や様々な武器が置かれた倉庫。
正しく騎士団の訓練場と言うに相応しい場所である。
そして、そんな場所でスズカゼはある物を見ていた。
「これが私の使用する武器、ハルバートです」
ハルバート。
槍、斧、鉤を組み合わせた非常に複雑な形状の武器である。
しかし、その複雑な形状の見返りとして、それ一つで斬る、突く、引っかけるが可能な万能性を持つ。
とは言っても、これは非常に重量のある武器だ。
少なくともデイジーのような華奢な女性が使う武器ではないはずだ。
「でもこれ、結構重いですよ? 使えるんですか?」
「はっ! それを今より証明させていただきます!!」
スズカゼの前に置かれた鉄製のそれではない、木で作られた訓練用のハルバート。
それが今、デイジーの手にある物だった。
そう、ここまで来たのは彼女の提案である。
ゼルですら認める剣術の腕を確認したい、とスズカゼに頼み込んだのだ。
物騒ですわね、と渋ったサラにも護衛者の実力は知っておきたいという理由でどうにか引っ張ってきた次第だ。
「じゃ、私、木刀使いますんで」
対するスズカゼはいつも通り、武器庫の中から木刀を持ってきた。
何の変哲もない普通の木刀だ。
デイジーはそれを見て結構です、と述べて模擬戦場へ入っていく。
「それでは、模擬戦を行います。ルールは模擬戦形式で相手に参ったと言わせるか、相手の体に武器を三回以上当てるかですね」
「剣道とちょっと似てますね。……さて、と。それじゃ始めますか」
半身となって木製のハルバートを構えるデイジー。
剣道に置ける中段の構えを取るスズカゼ。
彼等は互いに対峙し、そこから数メートルほど離れた場所でサラが右手を挙げた。
「始めですわぁ」
試合開始の声にしては穏やかすぎる、開始の合図。
だが、デイジーはその声に反するような速攻で地面を蹴り飛ばし、スズカゼへと特攻を掛けた。
木製のハルバートだ。通常の物より計量故に速度は出るだろう。
しかも彼女の防具は軽甲であり、速度はさらに速い。
スズカゼからすれば瞬く間に視界に映るデイジーの姿が大きくなった事だろう。
「シッ!」
高速で振り抜かれたハルバート。
それはスズカゼの髪先を擦り、空を切る。
地面に叩き付けられた木製のそれは空洞感ある衝突音を弾け飛ばす。
「……うん」
速い。
木製だけれど、型が慣れている。
防具も軽甲だし、この武器が鉄製だとしても、戦い方は変わらないのだろう。
速攻、特攻、激攻。
相手に呼吸する暇すら与えない戦闘方法だ。
剣道でも短期戦狙いでこの手の戦い方をする方法はある。
「ハァッッ!」
地面に打ち付けられた木製のハルバートは、刃を返して跳ね上がる。
デイジーは同時に後方へ撤退したスズカゼとの距離を詰めるべく一歩を踏み込んだ。
これで距離はない。
スズカゼの脇腹に木製の刃が激突するだろう。
だが、彼女はそれを木刀で防御。
再び後退した。
「むっ……!」
全力で振り抜いた一撃が弾かれたのだ。
デイジーは体勢を崩し、少なくとも防御出来る体勢ではなかったはずだ。
ルール上、スズカゼは防御した刃を払って、軽く彼女に当てるだけで良い。
しかし、彼女はそうしなかった。
デイジーへ一撃を当てる事無く後退したのである。
少なくともそれは全力で挑んでいるデイジーへの侮辱に他ならないだろう。
「むんっ!!」
デイジーは今度は距離を詰めることなく、両足を大きく開き、片腕でハルバートを振り抜いた。
彼女の腕とハルバートの長さが合わさって、その攻撃範囲はスズカゼに逃げ場を与えない。
彼女が防御したならば、自分には決定的な隙が生まれる。
そこを攻撃してこないならば、彼女は本当に戦う意思がないと判断出来る。
「よっと」
だが、スズカゼはそもそも防御すらしなかった。
両足を畳んで跳躍し、デイジーの一撃を回避したのだ。
圧倒的な隙を作ったのはデイジーではなく、スズカゼだったのだ。
これでは戦闘の意思がないどうこう以前に、完全な侮辱だ。
舐めてかかっているとしか思えない。
彼女は三度当てて勝つことなど、考えていないのだ。
「舐めて貰っては困る!!」
振り抜かれたハルバートの勢いを保ち、デイジーは片足を軸に回転。
ほぼ一回転し、両手に武器を持ち替えて。
彼女は地面に降り立ったスズカゼへとハルバートを突き出した。
「舐めてませんよ」
頭一つ分を動かして、スズカゼはその一撃を回避する。
一撃は彼女の肩先を木製の刃で擦って突き抜かれた。
屈伸した状態で一撃を躱したスズカゼ。
槍を突き出す形で半身のまま一撃を突き抜いたデイジー。
その一瞬の状態を見ていたサラは一方の勝利を確信した。
「悪い癖ですわよ、デイジー」
突き出されたハルバートの柄を掴み、スズカゼは一気に手繰り寄せる。
半身の状態とは言え、しっかり足腰を構えたデイジーを揺るがし、体勢を崩させる程の腕力。
武器を引っ張られた彼女は前のめりとなって、転び掛けた体勢を直すように、片足で躓きながらも前へ進んでしまう。
それが今までのどんな隙よりも、大きな隙だった。
「終わりです」
スズカゼは柵を越えるように、ハルバートの柄を軸にして跳躍して、その柄に片足を引っかける。
体勢を崩した人間がその手に持つ武器を、例え華奢な少女の脚力であろうとも引っ張られたとして。
耐えれるのかと聞かれれば、間違いなく答えはNOだ。
ハルバートは歪な回転と共に地面を転がって、サラの足下へと辿り着く。
武器を失い、体勢を崩した、軽甲を纏った女性。
そしてその首元に突き立てられる木刀の刃。
勝負は三本を取るまでもなく。
「………………参り、ました」
決する事となった。
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