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獣人の姫  作者: MTL2
ようこそ異世界へ
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王城守護部隊の長

【サウズ王国】

《第一街東部・城下町》


「有り体に言ってしまえばね」


第一街東部の城下街を歩く一団。

端から見れば、その一団は非常に異質な物だった。

先頭は王城守護部隊隊長のバルド・ローゼフォン。

それに続く王国騎士団隊長のゼル・デビット。

そして、彼等のさらに後ろに続くフードで姿を隠した男女が二人と、その男に抱えられた少女が一人。

街行く人々はその一団を明らかな怪訝の眼で見るが、その先頭の人物を見ると安心したように再び街を歩き出していた。


「獣人達の暴動など、こちらは然程気にしていなかったのだよ」


バルドは街行く子供や老婦人に笑顔で手を振りながら、言葉を述べ続ける。

彼からすれば獣人達の暴動は、雨のように、旅人のように、渡り鳥のように。

ただ訪れ、過ぎ去っていく一つの事象でしか無かったのだろう。


「……だが、こうして我々を第一街へと招いた」


フードの男の言葉に、バルドは小皺の集まった口元を軽く緩める。

街を行き交う人々から見ればそれは相変わらずの笑みなのだのだろうが、近くにいるゼル達からすれば、彼の纏う空気が変わったのは明らかだった。


「そうだね。君達があのまま暴動を起こしていたならばゼルが止めただろうし、もし突破していたとしても我々が止めた」


「……否定はしない。現に我々は今まで何度も暴動に失敗している」


「その通り。ある意味では今回の暴動は有史以来、最も進展したのではないかね?」


茶化すような彼の口調に、フードの男、いや、ジェイドは口元を釣り上げて白い牙を剥き出しにした。

彼等が必死に、命を、運命を賭けて行っていた行動を茶化されたのだ。

それに怒りを覚えるのは当然のことだろう。


「ジェイド」


「……解っている、ハドリー」


だが、彼は隣に居たフードの女性、ハドリーの言葉によって怒りを静めた。

ハドリーはジェイドが怒りを静めたのを確認すると、安堵したかのように胸を撫で下ろす。

そんな彼等のやりとりを見てバルドは先程とは違う、優しげな微笑みを浮かべた。


「茶化したのは謝罪しよう、ジェイド・ネイガー君、ハドリー・シャリア君」


「わ、私達の名前を……」


「その程度は把握しているとも。何せ獣人達の暴動を率いる主要人物なのだから」


「……先程の謝罪の意味は何だ? まさか、我々を試したとでも言うのか?」


「その通りだよ、ジェイド君。私は君達を試した。ここで怒り狂って私に殴りかかってくるようならば、斬り捨てただけだからね」


いつの間にか、バルドの手には一本の刀剣が握られていた。

だが彼はその刀剣を収めるはずの鞘を腰に携えてはいないし、甲冑を身につけているとは言え内部に隠せるスペースもない。

その刀剣はまるで、元からそこにあったように、虚空の中から出現したかのように。

バルドの手の中にあったのだ。


「バルド」


「冗談だよ、ゼル。そう怖い顔をするな」


初老の男性らしく、バルドは手を揺らしてハハハッと優し気のある笑いを零す。

その様子は父親が幼い息子の失敗を許すかのような、老人が若者の人生観を褒めるような、そんな笑いだった。

だが、ゼルの視線は彼の笑顔には向いていない。

向いているのは、先程まで刀剣があったはずの彼の手元だ。


「……!」


その異変を既にジェイドは察知しており、たった今、ハドリーもそれを理解した。

刀剣が存在しないのだ。つい先程まであったはずの、それが。


「うん? あぁ、気になるかね」


バルドは先程までぶらぶらと揺らしていた手を止め、それを自分の眼前へと持って行った。

フードで表情が隠れているというのに、心を見透かされたような言葉を突如向けられたハドリーは思わず息を詰まらせる。

彼女のその反応が面白かったのか、バルドはまたククッと途切れ気味の笑みを零した。


「私は[武器召喚士]でね。いつでも何処でも武器を召喚する事が出来るんだよ」


「……おい、バルド。獣人にバラして良いのか」


「何を言う。どうせすぐにバレる事だ」


態とらしい程に大袈裟な驚きを見せるバルドに対し、ゼルは大きなため息を漏らす。

こんな飄々とした人物が王城守護部隊隊長なのだ。

同じ[長]たる立場としてどうだろうか、などと考えていると頭が痛くなってくる。


「む?」


ふと気付くと、ゼルの足下には幼い子供が居た。

男の子と女の子が二人。それぞれ、手には花園で摘み取ってきたであろう一輪の野花がある。

子供達は気恥ずかしそうに俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げて野花を持ち上げた。


「「ばるどさん! これ、つんできました!」」


声を揃えて、元気にはきはきと。

幼い子供らしく可愛らしい声と共に、バルドへと野花を手渡した。

彼はそれをゆっくりと受け取ってにこやかに子供達の頭を撫でる。


「ありがとう。大切にするよ」


バルドに微笑みを向けられた子供達は流石に恥ずかしかったのか、そのまま走り去って行ってしまう。

彼はその子供達の姿が見えなくなるまで、ずっと笑顔で手を振っていた。


「随分と好かれているんだな、王城守護隊長殿」


「まぁ、私は常に卑怯者だからね。中立の立場を取り続けているのさ。……人と獣、双方を否定しない、中立の立場を。だからこそ、どちらに憎まれもせず愛されもしない。私を慕ってくれるのは獣人を擁護する心優しい人や権力や立ち位置に敬意を払う人。そして先程のような何も知らない純真無垢な子供だけさ」


バルドは苦笑するようにその言葉を述べ、少しだけ歩む速さを増させる。

彼としても子供達に野花を貰う姿を見られて気恥ずかしかったのかも知れない。

ジェイドとハドリーは互いに視線を交わし合い、バルドと同じように小走りで彼へと着いてく。

そんな中でただ一人、ゼルだけが何も言いしれぬ表情で、眉根を寄せていた。



《第一街中央部・王城東門》


「バルド隊長! 任務ご苦労様です!!」


「あぁ、君達も頑張ってね」


東門を守っていた二人の門兵に挨拶を交わし、バルド率いる一団は王城内部へと入っていく。

第一街中央に位置する、王城の東門。

そこは既に豪華絢爛な装飾が施されており、第三街とは世界自体が違うのではないかと思えるほどだ。

バルド率いる一団は光が宝石に反射し合い、光の門となったその門を潜り抜ける。

さらに、常人には理解出来ないような高価な絵画の掛けられた廊下を抜け、宝石の散りばめられた螺旋階段を上がっていく。

バルドやゼルからすれば然程、何も思わない光景だろう。

だがジェイドやハドリーは、その光景の中に映る絵画一枚、宝石一つ、壺一個を見る度に表情を歪めていた。


「ここだ」


バルドが足を止めたのは、東門も廊下も螺旋階段ですらも比べものにならないほど、豪華に飾られた大扉の前だった。

黄金の把手の周囲には様々な装飾が施され、この扉一枚でどれほどの金額が掛かっているのか想像もつかない。

そんな把手に手を掛ける前に、バルドはゼル達の方へと振り返った。


「武器を」


バルドはゼル達へと手を差し伸べ、武器を差し出すよう要求した。

この先に居る人間の事を考えれば、至極当然の事だろう。

ゼルは王国側の人間なのだから、と武器を出すのを渋ったが、それでも一応だ、というバルドの言葉に渋々、武器を差し出した。

だが、ジェイドとハドリーは彼に武器を渡す素振りすら見せず、ただ警戒心を強めている。

当たり前だ。敵地の中で武器を手放す者など居ない。


「武器を渡した瞬間に……、と考えているのかね?」


「当然だろう。後ろから刺されるのも前から刺されるのも御免だ。かと言って焼き尽くされたくもないがな」


「ここまで来させておいて殺すのならば、疾うに城下町かその辺りで殺しているさ。何より、ここでそんな無礼な真似は出来んよ」


ジェイドはバルドを見極めるように暫く沈黙していたが、やがて何も言わずに武器を手渡した。

その光景を見てハドリーもまた、バルドへとナイフを手渡す。

彼はそれらの武器を受け取って、近くの兵士へと手渡し、そして再び彼等の方へと振り返った。


「一応、確認しておこう」


バルドの表情は先程とは打って変わり、非常に真剣な物となっている。

それもそのはずだろう。この先に居る人物は、この国の命にして頭にして全てなのだから。


「今から会うお方には決して無礼の無いよう。武器を取り上げた理由も承知して貰えるかな?」


「無論だ」


「結構。そして、一応は注意しておくけれど、決して騒ぎは起こさないで欲しい」


今から彼等が会う存在は、本来ならば決して相まみえる事は無かったであろう人物だ。

この国の命にして頭にして全て。サウズ王国の頂点に立つ人物。


「メイア女王は、そこまで温厚な人ではないからね」


心なしか、ジェイド達にはバルドとゼルの表情が曇ったように見えた。

とは言え、相手は女王だ。

国と城を守る者達の長とは言え、彼等からしても決して心を許して話し合うような仲ではないのだろう。

表情が曇るのも当然と言えば当然なのかも知れない。


「……無論、我々のような獣人がここで騒ぎを起こせばどうなるかなど百も承知だ。第一街東門前に残してきた仲間を殺されては、流石に俺も我を忘れてしまいそうでな」


「おや、人聞きの悪い事を言うね。ゼルの率いる王国騎士団が国民に手を出すような野蛮な存在とでも?」


「あぁ、そうだろうな。だが、王城守護部隊はその限りでは無い。……特に、あのファナとか言う女は。違うか?」


「……フフッ。鋭い方だ」


バルドは眼を細め、城下町で見せたような笑みを零した。

だが彼の細めた眼の中にある光は城下町で子供達に向けたような、暖かい物ではない。

見るだけで心底をつかみ取られるような、そんな笑み。


「では、入ろう。お姫様を待たせるワケにはいかないのでね」


彼の手が把手に掛けられ、大扉がゆっくりと開いていく。

その先に待ち受けるのは平和か、絶望か。

否、どちらにしてもーーーー…………


「よく来たわね、獣人」


彼等を待つ答えは、一つだけだ。



読んでいただきありがとうございました

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