獣と人の混血
《王城・廊下》
「てな訳でな。お前に頼みがある」
どうにか歩いているもひたすらに膝がカクカクと揺れているシャークと、最早普通に立つことを諦めて逆立ちしようかと考え出しているスズカゼ。
モミジの説教によって大被害を受けた彼等の膝と太股は最早、感覚すらない。
と言うか戻ってくるのが怖い。あの痺れが怖い。
「頼みとは?」
「ん、あー……」
シャークは一度言葉を濁すと、周囲を確認する。
誰も居ないかと彼女に小声で漏らし、首肯が返って来ると共に腰を大きく玉座へと沈めた。
周囲を確認し、腰を沈めざるを得ない程、彼にとっては頭の痛い話題なのだ。
「お前を[獣人の姫]と見込んでの頼みでな。……詫びをチャラにした時点でこれは俺の個人的な貸しになる」
「わぁ、嫌な切り出し」
「そうか?」
「個人的に、ちょっと。まぁ、シャークさんは別に知らない仲じゃないし構いませんけども」
「俺が気になるんだよ。……で、頼みってのなんだが」
彼は未だ震える膝を押さえて一息つき、ある一室の前で立ち止まった。
そのまま真っ暗な部屋に入って行き、僅かな物音を響かせる。
何か持ってくるのだろうかと首を傾げたスズカゼだが、その不安は一瞬で肥大化して爆発した。
彼が持ってきたのは物品だとかそんなものではなく。
ただ一人の、少女だったのだから。
「ゆ、誘拐……」
「おい待て、何でその選択肢が出て来る」
「だって女の子の手を握るチンピラって、もう……」
「誰がチンピラだゴラ」
シャークが連れてきた女の子は、少女と言った所だろう。
自分よりも何歳か、いや、もう少し年下だ。
見た目はモミジに似ている。妹なのだろうか。
しかし、何だ。この娘は何処かで見たことがーーー……。
「あ」
「ひっ」
思い出した。
この国に来ると途中、河川で目撃した、あの少女。
ちょっとじゃれつこうとしたら逃げられた、あの少女。
「……えと、この娘は?」
「俺の妹、ツバメだ。モミジの妹でもある」
「ですよね。ははは……」
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
何がヤバいって完全にツバメちゃんという少女はこっちに気付いている。
シャーク国王にしがみついてメチャクチャ怯えた目でこっちを見ているのだ。
気付かれている。完全に気付かれている。
もし言われたらどうなる? 流石に王女に手を出したとか洒落にならない。
洒落にならないと言うかシャークの性格からして間違いなく殺される。
社会的にも、物理的にも。
「に、兄ちゃん……、この人……」
「いやぁあああああああああああああああああああ!! 今日は良い天気ですねぇええええええええええええええええええ!!」
「私に……」
「シャークさん喉渇きませんかァアアアアアアアアアアアアアアア!!! お茶持ってきますよぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ちょっと黙れ」
「はい」
数秒後、スズカゼの犯行は白日の下に晒される。
シャークの瞳が微笑みから困惑へ、困惑から憤怒へ、憤怒から憎悪へ、憎悪から悪意へ。
その見た目に相応な表情へ変貌したシャークを前に、スズカゼはただ顔を両手で覆うばかりだった。
「もう一回正座するか? ん?」
「ちょ……、違……、アレはその、生物的本能で……」
「尚更駄目だろ」
「兄ちゃん……、この人怖い……」
「あぁ、解ってる。ツバメ、お前は一回部屋に帰ってろ。この変態は目に毒だ」
「違う……、この人は……、違う……」
「違うってお前、何が……」
刹那。
スズカゼの身に衣が纏われ、シャークとツバメごと自身を覆い尽くす。
シャークの怒号と困惑の入り交じった言葉が飛ぶよりも前に。
その衣へ、硝子を突き破った一発の弾丸と微かなる破片が直撃した。
「なっ……!」
「下がって」
衣を纏いし彼女は二人を覆ったまま軸足を回転させ、弾丸が飛来した方面へ立ちはだかる。
肉壁。その方面より迫る全ての脅威を破す、最強の肉壁。
「……二発目は来ない、ですね」
「警戒は解くな。そのままにしといてくれ。……ツバメ、お前はこのまま変態と共に居ろ。少なくとも下手に動くより安全だ」
「に、兄ちゃ……」
「スズカゼ、俺の頼みを端的に話す。この子は人間と獣人の混血だ。そこは別に良いんだが、魔力の扱いが上手くなく、常に精神干渉魔法を発動させちまう。相手の心や相手の性質を読む魔法をな。それを操作しきれるまで付き合ってやってくれ。……それでツバメへの変態行為は帳消しにしてやろう」
「……了解しましたけど、変態って何ですか」
「事実だろうが。ツバメに手ェ出したらぶっ殺すからな」
「解ってますよぅ。……で? 貴方はどうするつもりです?」
「さっきの狙撃は明らかに俺を狙っていた。面倒臭ぇが暫く王座に入らにゃならん。丁度モミジが傭ってきた傭兵も居るしな」
彼は既に半身が出ている少女の衣をかいくぐり、外へ出る。
割れた硝子の破片を踏み潰しながら、日の元へと。
「ちょ、今出たら……!!」
少女の言葉を表すように響く発砲音。
空を切り、音を置き去りにし、硝子を突き破る弾丸。
彼はそれに視線を向けることすら、出来ず。
弾いた。
「俺だってこの馬鹿みてぇな国で国王やってねぇんだよ」
彼は手首を捻ってナイフを腰元に仕舞い、歩き出す。
未だ衝撃と火花収まらぬナイフを仕舞い、悠然と。
「ツバメ、頼むぞ」
「……は、はい」
成る程、彼も国王という立場であれど、この国を救った英雄なのだ。
そもそも彼の気質からして後ろで全てを見ながらアレだコレだと命令するような人物ではあるまい。
ならば相応の実力を持っているというのも、必然だろう。
「……えっと、よろしくね? ツバメちゃん」
「ひっ……」
どうやら、自分は。
シャーク国王云々よりも。
この子との関係性を気にした方が、良さそうだ。
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