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獣人の姫  作者: MTL2
南の大国
498/876

老父と女騎士


《王城・王座謁見の間》


「で? 他に言い訳はありますか?」


「無いです」


端的に言おう。

シャークとスズカゼの目論見は一瞬でバレた。

それこそモミジが精神系魔法を習得しているのではないかと思うほどに。

と言うか、鎌を掛けられた二人の挙動がおかし過ぎたせいで速攻バレた。


「シャーク国王。貴方はそれでも国王ですか? 民のために業務をこなし彼等の平穏を保つことが王としての役目でしょう。それに貴方は仮にも四大国の王として……」


これから説教三時間。

正座しているシャーク、スズカゼの足が痺れて感覚を失った時。

彼女はため息をつきながら、軽く首を竦めて息を吐いた。


「シャーク国王への説教はこれぐらいにしておきます。良いですか? もっと自覚というものを」


「解った! 解ったから!! もう勘弁してくれ!!」


「……仕方ありませんね」


彼は思わず安堵の息をつき、最早感覚無くなった足を無理やりにでも立たせようと膝に手を着いた。

しかし、それを赦さぬモミジはシャークの肩に手を置いて、そのまま正座へ戻らせる。


「まだスズカゼさんへのお説教が残ってますから」


硬直する二人。

逃げ出そうとするも、転ぶ二人。

微笑むモミジ。

絶叫する、二人。



《王城・応接室》


「もう今日は二人、帰って来れぬじゃろうなぁ」


「う、うむ……」


応接室では初老の男と若い女性が共に肩を落として茶を啜っていた。

二人の間には何処となく気まずい空気が漂っており、とても和気藹々とした物ではない。

当然だろう。嘗ての、サウズ王国襲撃のことを思い出せば。


「……気にしているのか」


「いや……」


「気にしてなければ、お前の仲間のようにタヌキバやキツネビと共に街へ行けば良かっただろう。街は良いぞ」


「く、食い意地が張ってないだけだ!!」


「儂が言うておるのは南国の衣服などだが」


「え、あ、う……」


「食い意地が張っておるのは誰だかな」


呆れ気味に髭先に滴る雫を拭き取り、軽く首を鳴らす。

隊長は既にデイジーの言いたい事を解っていた。

あの時、言ったーーー……、言葉の答えを。


「……今の御主は問題あるまい」


「っ……」


「強者の目ではないな。弱者の目だ。……しかし、定まっている。怯えて、怖がって、それでも背を真っ直ぐに胸を張っている。良き弱者の目だ」


「……私は」


「言わんで良い。あの時のように、強さを渇望する飢えた目ではない。あの様な目は、死ぬからな」


懐から大きな、指一本ほどもある煙草を取り出し、隊長はそれを牙で挟む。

尖端を毟り取って火付け(ライター)の先に落とし、火を灯す。

僅かながらに上った煙を大きく吸い込み、吐き出す。

彼の肺活量の賜だろう。デイジーの眼前は一瞬にして真っ白に染まった。


「げほっ! げほっ!?」


「小娘よ。儂ぁこんな也でも既に五、六十年は生きとる。無論、四国大戦も経験した。あの大戦で嘗ての御主のような目をして生き残ったのは数える程しか居らん。強さの渇望は死の渇望だ。死に急ぐことこそ強さだと勘違いする輩も出て来たのは当然だったやも知れぬ」


懐古、と言ったところか。

初老とは言え、本来ならもう家の縁側で茶を啜るような年齢の老体だ。

隊長の垣間見せるその表情は年相応の、老人のそれだった。


「……居なかったのですか? その、私のように弱者でありたいと思っていた者は」


「居なかったとは言い切れぬ。儂も世界全てを見た訳ではないからのう。……ただ、戦場でそれは赦されなかった。弱者が赦されるのは、弱者が求められるのは平和な世故だ。あの頃は、戦場で屍を拾う者など必要無かった。傷は自己責任だった。……誰かを助けるというのは、己の命をくれてやる行為だった」


ぢり、と。

茶褐色の螺旋は灰色の塊に変わり、机上の灰皿へ落とされる。

デイジーは灰皿の上で散らばるそれに視線を向けながら、静かに口端を結んだ。


「今となっては昔の話じゃがな。貴様のように、弱者で在れる者が居るということを思えば……、平穏なのだろうと思えるよのう」


「それは、有り難いことなのか」


「……貴様は確か騎士だったな。ならば弱いことが悪いことと思うのは仕方のない事じゃ。しかし、本当にそうなんかよく考えるべきじゃな。時には利益メリット不利益デメリットのみで考えるのも良いかも知れぬ。重要なのはそれのどちらが良い悪いではなく、自身が信じて貫けるかどうかじゃ。世の中の良いも悪いも御主が決めたことではないのだからのう」


デイジーの視線はいつの間にか、自身の組まれた指へと落ちていた。

一本一本が絡まった指は、無意識のうちにそうなっていたものだ。

彼の話を聞いている間に指寂しくてやってしまっていたのだろう。

だが、世界の善悪もこの指のように無意識に成り立っているのだと隊長は言う。

そしてそれが事実でないと否定するだけの善悪識がないことも、また事実。


「……弱者たり得ろよ、小娘」


隊長は今一度、大きく白煙を吐き出した。

天へ立ち上る白煙は霧散し、消えていく。

彼は懐古の思いを断ち切るように煙草を灰皿へ押しつけ、潰した。


「さて、儂はそろそろ宿に戻るかのう。貴様はどうする?」


「……街へ出てサラ達と合流しようかと」


「そうか。小遣いはいるか?」


「い、要りません!」


「む、何じゃ。いつもタヌキバとキツネビは五千ルグ程度は持って行くというのに……」


「そんな孫を甘やかすお爺さんみたいな……」



読んでいただきありがとうございました

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