貧困街を占める者
《貧困街・酒場[蒼き空]》
「……要するに迷った、と」
「はい……」
「何やってんだお前等……」
「いやホントすいません……」
酒場の、主前席に腰掛けた男は酒を仰ぎながら、げはぁ、とオッサン臭い声を吐いた。
対峙して座席(テーブル席)に座る彼女達は申し訳なさそうに頭を下げるばかり。
貧困街にある唯一の酒場、蒼の空は何とも言えぬ、どんよりとした空気に包まれていた。
「……で、なんですけど」
先程、スズカゼ達を囲んでいた三十人近い不良共は表で見張りを行っている。
いや、正しくはシャークの私兵である、不良に扮した三十人近い兵士達は。
どうやらスズカゼ達を尾行していたのは、まさかとは思うが第三街領主が迷っているのではないかと思ったからのようで。
武器を持っていたのは周りを警戒した故に、なんだとか。
何ともまぁ、ややこしい事である。
もしシャークが出て行かなければ、いや、サーフィン終わりに通りすがらなければ、間違いなく大変なことになっていただろう。
「何で貧困街に、不良に扮した私兵が? 兵士なら堂々としてれば良いのに」
「そういければ誰も苦労しねぇっつーの。この国は他国と違ってそれほど国家の権力が強くねぇんだよ。お前も知ってるかもしれねぇが、この国は元々王権が嫌われモンだからな。不良共が相応のモン持っちまってるんだよ」
「不良共って……」
「要するに極道だ。昔はただ馬鹿やってるだけの連中だったが、四国大戦中に徒党を組んでな。ボスのデッド・アウトっつー奴が面倒でな……」
「死を落とす?」
「違う。死から外れるーーー……、命知らずって意味だ。俺のシャークの名と同じく、マフィア共がボスに敬意と畏怖を込めてそう呼んでるし、本人もそう名乗ってる」
シャークの眉間が歪み、微かに首筋が引き攣る。
それだけで、彼が如何にデッド・アウトなる人物を嫌悪しているかが解った。
デイジーとサラもスズカゼ同様に察してか、彼にそれ以上を問うことはない。
「……で、結局のところ目的は?」
「人捜し。まぁ、そこはどうでも良いんだよ。問題はお前等がこんなトコに居ることだよ。例のトレア国の事と言い、なんでお前等は問題起こすかなぁ……」
デイジーとサラの気まずそうな表情は、さらに苦々しい顔色へと変化していく。
実際にこちら側のミスで迷い、国王へ迷惑を掛けている訳だ。
謝罪をしに来た身として、これ以上失礼なことはない。
「それは、その……」
「こちらの不徳でございます。謝罪させていただきますわ、シャーク国王様」
「いや、ちょっくら手間が増えるだけで別に構わねぇけどよ。それよりモミジも帰って来てんだろ? 何処行った?」
「一足先に王城へ。サウズ王国で新たに傭った傭兵の顔通しを行うと仰っていましたけれど……」
次に顔色を変えたのはシャークだった。
自身の手元にあるサーフボードと未だ乾ききらぬ彼の頭髪を見れば何をしていたかなど言わずもがな。
そして今ここで酒を食らっているのを見れば、この後に仕事など出来るはずもなく。
「……俺は」
彼は酒を置いて席を立ち、スズカゼ達に背を向ける。
何やら思案しているような、それこそ今から重大なことを言うかのような。
ただ、皆は解っていた。スズカゼも、デイジーもサラも、酒店のMASTERですらも。
絶対に下らないことを言うのだろうな、と。
「城下町偵察中に、サウズ王国から来たスズカゼ・クレハ第三街領主伯爵が迷って貧困街に入っていくのを目撃して……、私兵と共に周囲を警戒しながら彼女を保護していた、が。その最中でスズカゼ嬢が海に飛び込んだので危険だと思い自分も海に飛び込んだ、と。よし!」
「いや、何がよし! ですか。それ単に私が変人なだけじゃないですか」
「間違ってないから良いだろ。嫌だよぉ、溜まった仕事やらされるの嫌だぁ。何から何まで部下に投げてサーフィンしてた事がバレるぅ……」
「ホント何やってんだアンタ」
「だって好きなんだもの、サーフィン」
「あーぁ、モミジさん怒るだろうなぁ。そりゃもうカンカンに……」
「頼むよぉ。謝罪とかもうどうでも良いから言い訳に付き合ってくれよぉ」
「南国でバカンスがしたいなぁ……。女の子と一緒にバカンスしたいなぁ……」
「……南国は誠意を持ってスズカゼ・クレハ第三街領主伯爵を出迎える。俺の自腹で」
「取引成立で」
「よし」
汚い握手が交わされ、店の空気は暗沌とした物から呆々とした物へと変わる。
皆々がため息をつく中、スズカゼとシャークは口端を歪めながら互いの利益の為の同盟を結んでいた。
《貧困街・奥地》
「……逃がしたぁ?」
オールバックの茶長髪。
顔に刻まれた傷痕と黒眼鏡。裂けた口元は、正しく獣。
羽織るように纏われた純白の上着は、正しく極道のそれだった。
「申し訳ありません……、デッド・アウト様。途中でシャーク国王の私兵共が出て来まして……」
部下の報告に、彼は獣らしい裂けた口端をさらに歪める。
不快だの嫌悪だの、と。様々な表情を入り交じらせて。
最終的には全てを憤怒と憎悪に変換しながら。
「……また奴か。アイツは邪魔だな」
「如何します?」
「殺せ。そして取り戻せ。俺達の平和と象徴を、な」
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