南国の貧困街
【シャガル海】
《海岸線》
「おー、ここが!」
獣車から降り立った彼女達が見たのは、蒼快の海。
蒼く、透き通り、太陽の光に照らされる世界。
海を奔る魚達でさえも見えてしまうほどの世界。
波の動きすら、その白き破片すらも鮮明に見える世界。
「シャガル王国!!」
彼女に見えるのはただ海だ。
だが、この海からして既にシャガル王国へ入っている。
モミジ曰く、シャガル王国で最も美しいのはこの海だ、とのこと。
資源を支える美しき水源でもあるし、大国を象徴する存在でもあるんだとか。
「綺麗な海ですわねぇ」
「凄いな……、サウズ王国にこんな物はないぞ」
サラとデイジーも、蒼快の海を前に驚嘆を隠せないようだ。
二人を横目に、スズカゼは静かに微笑んでいた。
嘗てのトレア海を思い出せば当然だ。
またあのおっぱいを見えるかと思うと、もう。
「……」
おっぱいと言えば、だ。
先日、ここに到るまでに遭遇したあの女性。
モミジに似ていたが、違っていた、あの人物。
いったい誰なのか解らなかったし、夜だったのだから見間違いだろうと思ったので、モミジには報告しなかった。
取り敢えず女性が居たのでおっぱいを揉もうとしたら逃げられたと言ったら、何かもう汚物と危険物を配合した暗黒物質を見るような目で見られたが、割と悪くなかった。
「取り敢えず、スズカゼさんとデイジーさんとサラさんは一度、宿に向かってください。私と白き濃煙の皆さんはシャーク国王に顔通しをしないといけませんから」
「その後、私達も向かうんですよね?」
「はい。多分、直ぐになるとは思いますけどお疲れのようでしたら後日に回すことも……」
「私は大丈夫ですよ」
「は! 私も問題ありません!!」
「むしろ問題は宿に着いてからな気がしますけど……」
「べ、別室にするのは体裁上問題がありましたので……、ごめんなさい……」
「やだなぁ、自重しますよぉ」
「まずはその涎を拭かんか、馬鹿者」
変態を戒めつつ、一行はそれぞれの目的地へと歩んでいく。
モミジ達は王城へ、スズカゼ達は宿へと。
デイジーが地図を持ち、彼女達は宿屋へとーーー……、向かったはずだった。
《貧困街》
「何で?」
「何故でしょう?」
「申し訳ないっ……!!」
大海に面する国だからこそ、か。
海より迫る巻き風にデイジーの持っていた地図が攫われてしまったのである。
まぁ、その際にスズカゼが振り上げられたデイジーの脇と尻に目を取られていなければ普通に取り戻せたのだろうが。
今となっては地図は天高く、はたまた海深くだろう。
「その後で適当に進んだら、まさか貧困街に来るとは……」
「皆さんがとてもこっち見てらっしゃいますわね」
「大丈夫です、スズカゼ殿。我々は何があっても自分を守りますので……」
「仕方ないんですけどコレ護衛じゃねぇな」
取り敢えず、彼女達はいつか出るだろうという希望の元に貧困街を歩んでいく。
しかしその希望とは裏腹に道は段々と汚くなるし壁際には訳の分からない落書きが増えるし道端に座るガラの悪い男共は増えていくし。
時折、端から子供の来るトコじゃねぇぞ、だとか、幾らでヤらせてくれんの、だとか、襲っちまっても良いのか、だとか。
そんな声が聞こえてくるが、全てスズカゼによる殺気で退散させた。
「下品極まりない! これが南国の現状か!?」
「一部だけ見て決めるのは良くありませんわ、デイジー。嘗ての第三街も似たようなものでしたでしょう?」
「そ、それは、そうだが……」
言葉に詰まりながらも彼女達は歩いて行く、が。
何処まで行こうと貧困街を抜けることはない。
いや、むしろもっと奥深くに入っていくようにすら感じられる。
まるで底なし沼のように、一度足を踏み入れたらズブズブと沈んでいってしまうかのように。
「……少し、マズいのではないですか?」
「確かに、これは面倒ですわねぇ……」
気付けば彼女達を付け狙う男達まで出て来ている始末。
各々の手には金属の棒だのナイフだのが持たれている上に、如何せん数が多い。
恐らく三十かそれ以上だろう。
長く彷徨きすぎたせいで面倒事を大量に引き連れてしまったらしい。行き止まりになど入ったら速攻で襲い掛かられるだろう。
「あ、やべ、行き止まりだ」
その言葉と共に彼女達は即座に囲まれる。
様々な武器を持った連中は牙を剥きながら彼女達へと迫り、見事な円形を持て包囲した。
逃げ場はない。行き止まりの壁は跳躍で越えられるものでもない。
この人数を相手取るのは少し難しいな、と。その言葉と共にデイジーはハルバードを、サラは狙撃銃を。
そしてスズカゼは魔炎の太刀を抜いた。
「取り敢えず一点突破で行きますか。真正面から行きますので、お二人は私の後に付いてきてください」
「了解しました、スズカゼ殿」
「殿は任せて欲しいですわねぇ」
彼女等は囲まれた者達を前に、それぞれ体勢を整えた。
スズカゼが一歩を踏み出せば号令が鳴り響き、戦火の幕が落とされるだろう。
皆がそれを理解しているが故に構え、息を呑み、意識を集中させる。
「……何してんだ、お前等」
然れど戦火の幕は落とされることなく、巻き上げられる。
全身を海水で濡らし、今海から上がってきましたと全身主張する、その男によって。
サーフボードを担いだ、その国王によって。
「いやアンタが何してんだ」
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