閑話[兜と韋駄天]
【サウズ湖】
「い、嫌だ! 行きたくない!! 私は何もしていないぃ!!」
サウズ湖に響き渡るのは醜い悲鳴。
聞くに堪えず、思わず眉根を顰めてしまいそうな程の。
だと言うのに、その悲鳴の主の隣に立つ者達は何一つ表情を変えては居なかった。
否、どうでも良いので気にすらしていないと言うべきか。
「んじゃ、これで良いんだな? 冥霊の旦那」
「その呼び方はやめてくださいよ、韋駄天さん。デューで良いですって」
「じゃ、デュー・ラハン。規約に従い、詐欺師モッコフ・バルバンチーナをギルドの大牢獄にブチ込んどくぜ。刑期や刑罰に関しては責任者であるゼル・デビット男爵に相談したいんだが……」
「あぁ、それは後日、資料にして送付してください。今はちょっとね」
「ん、了解した。と、こんな所だな」
韋駄天は様々な事務的報告を書き込んだ紙を懐に仕舞い、ぐっと背筋を伸ばす。
デューも彼に合わせて軽く関節を鳴らし、僅かながらに息を吐いた。
「しっかし、[獣人の姫]さんも騒ぎを呼ぶね。ついこの前にシーシャ国でやらかしたばっかりだろ?」
「この程度じゃありませんよ。もっとやってます」
「うへぇ、怖い怖い。付き合わされる方はとんでもないだろ?」
「退屈はしませんけどね。メタルなんかも楽しんでるみたいですよ」
「あぁ、アイツね。ギルドの時は四天災者に言伝なんてやらされて恨んだモンだが、まぁ、四天災者を見て無事で居られたってのも貴重な体験だと思えば……」
「ですね。それじゃ、そろそろお願いしますよ。俺も今回は少し疲れたんで早く寝たいし……」
「おー、任せろ。ってかデュー・ラハンよぉ。いつまでこっちに居るんだ? 割と長い間居るが、ギルドにゃ戻って来ないのか?」
「ん、まだ暫く滞在するつもりですよ。相方も帰ってこないし」
「ダリオ・タンターだったな。あの女に振り回されてんだろ?」
「あぁ……、そんな名前でしたねぇ」
「お前マジか」
「だって懐の何割持って行かれたと思ってんですか。暫く木の実生活だったのが、最近になって漸く回復したんですよ!?」
「……何食ってんの?」
「こう、獣を狩ってきて……」
「お前それギルド主力パーティーのすることじゃねぇよ」
「だってお金無いんですもの! こっちの鍛冶屋は高いし!!」
「ま、まぁ、ギルドの方は腕が露骨に出るから競争率低いしな……。つーか鉄鬼のオッサンが金つり上げないんだろ? 商業組の連中が嘆いてたぜ」
「あの人って頑固だから……。あ、鉄鬼と言えばシン君は元気ですか?」
「元気だぜ。最近は前にも増して任務をやってたり、三武陣の任務に着いていったり……。あぁ、女好きじゃなくなったな、そう言えば」
「大事件じゃないですか」
「理由は解らないんだけどなー。何か芯が通ってる感じがするってフー・ルーカスが言ってたぜ。シンだけにな!」
「そのギャグは言ってました?」
「ごめん俺が作った」
「何を馬鹿なことを……」
デューのため息を合図として、彼等の何と言うことはない雑談は打ち切られる。
韋駄天は態と乱暴にモッコフの腰を持ち上げると、それを樽へ詰め込んで、空気穴を通してから、綺麗に蓋をした。
「んじゃ、俺は行くわ。獣人の姫とメタルによろしく」
「えぇ、こちらもギルドの皆さんに宜しく。統括長は元気ですか?」
「……噂じゃ、獣人の姫を呼びつけることを計画してるらしいぞ」
「わぁ、聞きたくなかったそんなこと」
「だよな。俺も聞きたくなかった」
未だ喚く樽を抱え、彼は後ろ手を振りながら走り去っていく。
土煙に呑まれて直ぐさま見えなくなったその後ろ姿に、デューは苦笑を零していた。
苦い、それでいて、何処か嬉しそうな苦笑を。
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