毒は刹那を蝕んで
《第三街西部・路地裏》
「ここか、目撃情報があったのは」
「だろうな」
彼等は路地裏へと足を踏み入れた。
町中の獣人達からの目撃情報を頼りに、こうして路地裏まで辿り着いたのである。
光差し込むその路地裏へ影を落とすのはゼルとジェイドの二人。彼等は腰元に武器を持ってはいるが、それを抜剣はしていない。
あくまで偵察だ、と。二人の姿勢がそれを物語っていた。
「……ふむ」
ジェイドの隻眼に映るは、数人の浮浪者。
何と言うことはない普段の情景だ。一つ二つ、道裏へ入れば居るような浮浪者達。
然れど、一目では分からないが、彼等のボロ布のような服には膨らみがある。
丁度、短刀や銃を仕込んでいるかのような、膨らみが。
「短刀なら解る、が」
「銃……、か。この街で彼等のような浮浪者が手に入れられる代物ではあるまい」
「と、なりゃ、誰かがコイツ等に譲り渡した、だな。買い取れる金を持ってるワケでもあるまいしよ……」
「取引条件としてハドリーとメイドを撃つように命じた、と言った所だろう。ふむ、反吐が出る」
「まぁ、コイツ等から聞き出しゃ問題はねぇよ。誰がくれてやったか、なんてな」
ゼルがまず一歩を踏み出し、追随するかのようにジェイドも歩き出す。
二人は最も手前に居る男の隣に立ち、一息置いてからゼルが屈み込んだ。
聞きたい事があるんだが、と。素朴な口調ながらもある程度の礼節を持って話しかけた彼に対し、返された返答は鉛玉。
「……で、だ」
奥歯に挟み込んだ鉛玉を吐き捨て、未だ硝煙曇る吐息を吹き出し。
ゼル・デビットは屈み込んだまま、銃を構える男を睨み付けた。
蛇に睨まれた蛙などと物優しくはない。戦鬼に牙剥かれた羽虫と言った所だろう。
必然、男は余りの恐怖に意識を消し飛ばしそうになるが、未だ踏み止まる。
仲間の存在が、そうさせたのだ。
「ふむ」
背後と前面より襲い掛かる、四人の刺客。
路地裏に入ってきた時より、既に待ち構えていたのだろう。
ゼルとジェイドの背後と前面より、彼等は短刀を持って襲い掛かる。
全員が頭を狙って、四つの刃が、前後より。
「一人で良かろう」
ジェイドの腕が掴んだのは背後より迫る刃。
その二つを容易く掴み、前へと叩き付けた。
文字通りだ。相手が刃から手を離す隙も与えずして、一瞬で、全力で。
成人男性並の人間二人を前面へ叩き付けると同時に、迫り来ていた二人もそれで撃退した。
否、正しくは頭部同士を叩き付け合い、四人を一度に殺したと言うべきだろう。
「ひぃ」
悲鳴を上げさせぬ眼光。
男はそれにより全てを諦めるよりも前に、まず抗った。
銃に残る五発の弾丸全てを発砲したのである。
眼前の、それこそ一メートルという距離も無いような男に向かって。
然れど、然れどだ。
高がその程度で殺しきれる理由など、あるはずもなく。
「沈黙は金、とは言うがな。それは黙る側だ。聞く側からすりゃ沈黙は毒。だが、今の行動は多弁だろう? 聞く側からすりゃ多弁は金だが、お前からすりゃ何だろうな?」
広げられた鉄の指より零れ落ちるは毒。
潰れた鉛という、余りに醜く無残な毒。
男のみを溶かすには余りに充分な、毒。
「言え。誰に与えられた?」
「し、知ら」
「毒は……、お前の身を溶かすぞ」
彼の眼光が脅しで無いことぐらい、素人にも解る。
解らないのは、ただ。
彼の殺気の、底。
「……じゅ、獣人だった。身形の良い、獣人だったんだ。名前は言わなかったが、猿の獣人だった」
「他の特徴は?」
「と、特に……。ただ喋り方が胡散臭かったぐらいで……」
「そうか。じゃ、最後に」
一層、眼を大きく見開き、牙を剥いて。
今すぐにでもその浮浪者の首筋を食い千切らんがばかりに迫り。
浮浪者の胸ぐらを掴んで、彼は、問う。
「メイドと獣人を撃ったのは、奴の命令か」
「そ、そうだ……。そうすれば、武器はそのままくれてやるし、目的が達成した暁には金をくれてやる、と……」
「撃ったのは、貴様か」
「ち、違う! 撃ったのは別の連中だ!! 俺じゃぁない!!」
慌てふためく浮浪者を前に、ゼルは眼を静かに伏せた。
彼はそのまま浮浪者を突き飛ばすようにして離し、踵を返す。
ジェイドも彼同様に背を返して歩き出し、やがて残されたのは浮浪者ただ一人。
浮浪者ただ一人と、四つの屍のみ。
「あ、悪魔め……」
浮浪者には解っていた。
自分が死ななかったのは奇跡だ。嗚呼、他に何と言い表しようもない、奇跡だ。
あの悪魔共は、返答次第で自分を殺そうとしていた。
隣に転がる四つの屍が全てを物語っている。
何の抵抗も、断末魔さえも許されず死んだ仲間達の、骸が。
「悪魔め……、悪魔……」
奇跡だ、奇跡なのだ。
自分が生き残ったのは、奇跡。
「なぁなぁ、何か居るんだけど」
「あー、何があったかは大抵予想が付きますね。丁度良いから聞きこうか」
奇跡、だったから。
毒は容易くそれを溶かす。
たった一度の、一瞬の、微かなそれを。
「答えを躊躇う毎に腕一本いきますので、早めにお願いします。色々と答えていただかないといけない上に、こちらも急いでいますから」
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