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獣人の姫  作者: MTL2
親と子と子と親と
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毒は刹那を蝕んで


《第三街西部・路地裏》


「ここか、目撃情報があったのは」


「だろうな」


彼等は路地裏へと足を踏み入れた。

町中の獣人達からの目撃情報を頼りに、こうして路地裏まで辿り着いたのである。

光差し込むその路地裏へ影を落とすのはゼルとジェイドの二人。彼等は腰元に武器を持ってはいるが、それを抜剣はしていない。

あくまで偵察だ、と。二人の姿勢がそれを物語っていた。


「……ふむ」


ジェイドの隻眼に映るは、数人の浮浪者。

何と言うことはない普段の情景だ。一つ二つ、道裏へ入れば居るような浮浪者達。

然れど、一目では分からないが、彼等のボロ布のような服には膨らみがある。

丁度、短刀や銃を仕込んでいるかのような、膨らみが。


「短刀なら解る、が」


「銃……、か。この街で彼等のような浮浪者が手に入れられる代物ではあるまい」


「と、なりゃ、誰かがコイツ等に譲り渡した、だな。買い取れる金を持ってるワケでもあるまいしよ……」


「取引条件としてハドリーとメイドを撃つように命じた、と言った所だろう。ふむ、反吐が出る」


「まぁ、コイツ等から聞き出しゃ問題はねぇよ。誰がくれてやったか、なんてな」


ゼルがまず一歩を踏み出し、追随するかのようにジェイドも歩き出す。

二人は最も手前に居る男の隣に立ち、一息置いてからゼルが屈み込んだ。

聞きたい事があるんだが、と。素朴な口調ながらもある程度の礼節を持って話しかけた彼に対し、返された返答は鉛玉。


「……で、だ」


奥歯に挟み込んだ鉛玉を吐き捨て、未だ硝煙曇る吐息を吹き出し。

ゼル・デビットは屈み込んだまま、銃を構える男を睨み付けた。

蛇に睨まれた蛙などと物優しくはない。戦鬼に牙剥かれた羽虫と言った所だろう。

必然、男は余りの恐怖に意識を消し飛ばしそうになるが、未だ踏み止まる。

仲間の存在が、そうさせたのだ。


「ふむ」


背後と前面より襲い掛かる、四人の刺客。

路地裏に入ってきた時より、既に待ち構えていたのだろう。

ゼルとジェイドの背後と前面より、彼等は短刀を持って襲い掛かる。

全員が頭を狙って、四つの刃が、前後より。


「一人で良かろう」


ジェイドの腕が掴んだのは背後より迫る刃。

その二つを容易く掴み、前へと叩き付けた。

文字通りだ。相手が刃から手を離す隙も与えずして、一瞬で、全力で。

成人男性並の人間二人を前面へ叩き付けると同時に、迫り来ていた二人もそれで撃退した。

否、正しくは頭部同士を叩き付け合い、四人を一度に殺したと言うべきだろう。


「ひぃ」


悲鳴を上げさせぬ眼光。

男はそれにより全てを諦めるよりも前に、まず抗った。

銃に残る五発の弾丸全てを発砲したのである。

眼前の、それこそ一メートルという距離も無いような男に向かって。

然れど、然れどだ。

高がその程度で殺しきれる理由など、あるはずもなく。


「沈黙は金、とは言うがな。それは黙る側だ。聞く側からすりゃ沈黙は毒。だが、今の行動は多弁だろう? 聞く側からすりゃ多弁は金だが、お前からすりゃ何だろうな?」


広げられた鉄の指より零れ落ちるは毒。

潰れた鉛という、余りに醜く無残な毒。

男のみを溶かすには余りに充分な、毒。


「言え。誰に与えられた?」


「し、知ら」


「毒は……、お前の身を溶かすぞ」


彼の眼光が脅しで無いことぐらい、素人にも解る。

解らないのは、ただ。

彼の殺気の、底。


「……じゅ、獣人だった。身形の良い、獣人だったんだ。名前は言わなかったが、猿の獣人だった」


「他の特徴は?」


「と、特に……。ただ喋り方が胡散臭かったぐらいで……」


「そうか。じゃ、最後に」


一層、眼を大きく見開き、牙を剥いて。

今すぐにでもその浮浪者の首筋を食い千切らんがばかりに迫り。

浮浪者の胸ぐらを掴んで、彼は、問う。


「メイドと獣人を撃ったのは、奴の命令か」


「そ、そうだ……。そうすれば、武器はそのままくれてやるし、目的が達成した暁には金をくれてやる、と……」


「撃ったのは、貴様か」


「ち、違う! 撃ったのは別の連中だ!! 俺じゃぁない!!」


慌てふためく浮浪者を前に、ゼルは眼を静かに伏せた。

彼はそのまま浮浪者を突き飛ばすようにして離し、踵を返す。

ジェイドも彼同様に背を返して歩き出し、やがて残されたのは浮浪者ただ一人。

浮浪者ただ一人と、四つの屍のみ。


「あ、悪魔め……」


浮浪者には解っていた。

自分が死ななかったのは奇跡だ。嗚呼、他に何と言い表しようもない、奇跡だ。

あの悪魔共は、返答次第で自分を殺そうとしていた。

隣に転がる四つの屍が全てを物語っている。

何の抵抗も、断末魔さえも許されず死んだ仲間達の、骸が。


「悪魔め……、悪魔……」


奇跡だ、奇跡なのだ。

自分が生き残ったのは、奇跡。


「なぁなぁ、何か居るんだけど」


「あー、何があったかは大抵予想が付きますね。丁度良いから聞きこうか」


奇跡、だったから。

毒は容易くそれを溶かす。

たった一度の、一瞬の、微かなそれを。


「答えを躊躇う毎に腕一本いきますので、早めにお願いします。色々と答えていただかないといけない上に、こちらも急いでいますから」



読んでいただきありがとうございました

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