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獣人の姫  作者: MTL2
親と子と子と親と
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凶弾は羽毛を穿つ


《第三街西部・住宅街》


「申し訳ありません、ハドリーさん。用件に付き合って貰って」


「いえいえ。どうせ暇してましたし、いつもメイドさんにはお世話になってますから」


メイドとハドリーの二人は第三街の西部にある、住宅街を歩いていた。

彼女達の用事というのは何と言うことのない、火災によって燃えたゼル邸宅を修理するための材料の買い付けである。

だが、その分の金は今持っていない。あくまで買い付けの契約だけなのだから。

その為に彼女達はこうして第三街西部にある修理屋へ向かっているワケだ、が。

ふと感じる違和感が一つ。


「……メイドさん」


「どうかしましたか?」


「多分、尾行さ(つけら)れてます。相手が何人かは解りませんけど、少なくとも五人以上……」


「……心当たりはありますね。例のモッコフという人物が怪しいです」


「あぁ、あの。ジェイドも警戒するよう言っていましたね。……その人が誰かを傭った、と?」


「恐らくスズカゼさんのジュニアを奪うために私達を人質にでも取ろうとしてるんだと思います。有効な手段ですから」


「逃げますか?」


「そうしましょう。ハドリーさん、飛べますか?」


「えぇ、任せてください」


ハドリーは両腕の翼を羽ばたかせ、地面に砂埃を舞い挙げる。

緩やかに地を離れた彼女の足は次第に空へと舞い始め、メイドの肩を掴み上げた。

ただ不安なのは飛び上がるのに時間が掛かること。その間に襲われたらどうしようか、と。

それだけが不安ではあったが、誰かが飛び出してくる様子も近付いてくる様子もない。


「大丈夫そうですね」


「襲い掛かられたらどうしようかと思いましたけど……。まぁ、このままゼル様の邸宅に一度戻りましょう」


「はい」


やがてメイドの身体も奇妙な浮遊感と共に浮かび上がり、周囲の建築物の高さすら超えて飛び上がった。

舞い上がる粉塵も、路地裏に隠れる人影も小さく、小さく、小さく。

ただ頬を斬る風だけが大きく映えるだけ。

無事に逃げ切れる、と。

頭上を見上げたメイドの瞳に映ったのは太陽だった。

余りの眩しさに彼女が目を細めた、その時。

瞼に掛かる赤色。耳を劈く、音。


「……え」


刹那、メイドの身体は再び奇妙な浮遊感に襲われた。

浮上ではなく、落下の浮遊感。


「ハドリーさ……」


翼を弾丸に貫かれ、気を失った獣人。

彼女と共に落ち行くメイド。

やがて、彼女達は、そう。

建築物の上へ、太陽に弾かれたかのように。

墜ちた。



《第三街西部・食事処獣椎(ジューシー)


「な、何たぬ!? 凄い音がしたたぬよ!!」


驚きの余り飛び上がったタヌキバを他所に、白き濃煙(ヘビースモーカー)の隊長とキツネビは視線を交わし、行動を起こしていた。

第一にタヌキバへ財布を叩き付け、第二に机上の料理全てを掻き込み、第三に走り出す。

その間は正しく歴戦の傭兵らしき動きだったが、ただ一人残されたタヌキバはただ呆然とするばかりである。

そんな彼女は差し置いて、二人は早々に獣椎から走り出て行った。残されたタヌキバも慌てて出て行こうとするが、主人のよく通る声に止められて、慌てながらに会計を済ませて出て行く。

もう二人とも音の元へ行ってしまったんだろうかと慌てる彼女だが、その不安は杞憂に終わった。

何故なら二人は店を出て物の数メートル程度辺りで立ち止まっていたのだから。


「ど、どうしたたぬか?」


「……うむ。どうやら面倒事が起きておるようじゃのう」


「そのようですわね。ご覧なさい、タヌキバ。目の前を」


「何たぬ……、って」


眼前の、建築物だったのであろう瓦礫の上に転がっていたのは見覚えのある獣人とメイドだった。

獣人は翼を弾丸で撃ち抜かれ出血しており、メイドは全身を強く強打しているらしい。

二人とも等しく意識は無いようで、指先一つすら動かす様子は無かった。

そして、それに群がろうとする浮浪者の群れ。


「どう思う」


「追い剥ぎとは思えませんわね。落下音から群がるまでの手際が良過ぎますわ」


「なれば、墜としたのは奴等と見るのが定石じゃのう」


「でしょうねぇ」


「……タヌキバ、手伝え。キツネビ、依頼料を算段しておけい」


「了解たぬ!!」


「はい、解りましたわ」




《第三街南部・廃墟》


「ふ、ふくく……、クフフフ」


彼の物は廃墟に座し、溢れ出る狂気を抑えきれずに居た。

口端から漏れる泡も嗤いも声も、今の彼からすれば成功という開花を待つ萌芽でしかない。

全てが悦楽。全てが快楽。

天へ降り注ぐような大金が己の身元へ入るのは、目の前の出来事だ。


「まず一手……、くふっ。二手はいつ打ちましょうかねぇ……、くふふふっ」


狂楽に染まった笑み、強欲と不浄に染まった顔。

見る物の背筋を凍らせるまでに悍ましいその表情も、本人からすれば、ただ通過点に過ぎない。

一手目は成功しただろう。その為の道具も貸し与えたし、手法も綿密に教え込んだ。

如何なる邪魔が入ろうとも、あの銃弾が穿てばそれだけで良い。脅迫だけで、良い。

何、自分が関わったことではないのだ。

偶然にも(・・・・)自分から銃と弾丸を購入した者達が偶然にも(・・・・)銃の扱い方を知っていて偶然にも(・・・・)面白半分で獣人を撃った。

ただ、それだけ。


「くふふふっ」


ただ、それだけの事なのだから。



読んでいただきありがとうございました

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