羽虫の音を睨む
《第二街南部・第一訓練場》
「ど、どうしたのですか? いったい」
「ふふふ、珍しいですわねぇ」
「……ふん」
少し怯え気味に構えるデイジーと、にこやかに微笑むサラ。
二人の前には、不機嫌そうに鼻を鳴らす少女が一人。
「ファナさんがどうして私達を訪ねて来られたんでしょうか? 随分と珍しい事ですわぁ」
「別に、貴様等自身に用件があったワケではない。ただその人数に用件があっただけだ」
「な……、何でしょうか?」
「ゼル男爵邸宅の火災だがな、アレは妙だ。それを調べろ」
二人の女騎士は互いに顔を見詰め、首を傾げる。
無愛想な人物なのは前からだが、ぶっきらぼうにこれだけ言い放たれても、何が何だか解るはずもない。
そんな様子のデイジーとサラに、ファナは露骨なまでの不機嫌さを眉根に表して大きく息をつく。
「高がドラゴンの火炎であそこまで大規模な火災にはならんだろう」
「い、いや、しかし、ドラゴンが成長したからと」
「確かにその可能性もなくはない、が。あの火事には異物の臭いが混じっていた。普通の火とは別の臭いがしたんだ」
「……別の臭い、ですか」
まさか、ファナが冗談でこんな事を言うはずもあるまい。
となれば、本当にあの火事には何か[異物]が混じっていたことになる。
その異物が何なのかは、果たして解るはずもないのだが。
「燃え尽きている物を判別しろと言うのは、難しいのでは……」
「何か火の勢いを増すような物で全て燃え尽き、手に入れやすい物だ。何がある?」
「ふむ、そう考えれば一般的には魔力ではないでしょうか? 魔力を使って勢いを加速させれば、或いはと言った所でしょう」
「魔力ではないな。それは感じ取れなかった」
「と、となると……、何でしょうか……? 火薬、ですと爆発音がしますね。そうでもなければ、私には想像が付きませんが」
ファナとデイジーは首を捻り、眉間に皺を寄せる。
魔力でもなく火薬でもない、火の勢いを増すもの。
いったい、何がーーー……。
「油ではないのでしょうか?」
「え?」
「油」
にっこりと微笑むサラの言い放った言葉に、二人は時が止まったが如く静止する。
油……、油だ。確かにファナの言う通り燃えれば独特の臭いがあるだろう。しかも液体なので証拠には残らない。
確かに条件には合っている、が。
「油など滅多に見ないが……」
「精々、料理ぐらいじゃないか」
「でも手には入れれるでしょう? 最近は下級の魔法石を使った調理器具がありますけれど、持っているのは上級から中級貴族程度。一般庶民は未だ油を使っていますわよ」
「……と、なると原因は油か」
「まさか、ドラゴンの火炎に見せかけた火災だったと!?」
「いや、そうは思えない。確かにゼル・デビットはドラゴンの火炎による物だと言った。実際に見てなければ言えることでないだろう」
「確かに団長の性格から考えてもそうでしょうな。と、なると邸宅が火災になる事を見越してそれを仕掛けた者が居る……」
「若しくは火事を起こそうとしたらドラゴンが、と言った所ですわねぇ。何だかきな臭くなってきましたわぁ」
何か裏があるのではないか、と。
デイジーがそう言いかけた瞬間、彼女の視線は後方へと向けられた。
町並みの路地へと通じる、細い道。
そこの陰りにある何かが彼女の眼光を引き付けたのだ。
憎悪を込めて闇を切り裂かんが如き眼光を浮かべるファナに、デイジーとサラは何事かと問うたが、彼女は何も答えない。
「あ、居た居た! おーい!!」
と、そんな殺気立つファナとは正反対の呑気な声。
何事かと一瞬気を取られた隙に、少女が見ていた[それ]の姿は消え失せていた。
貴様等のせいでと言わんばかりの眼光が向けられた先に居たのは、明らかに暇そうな浮浪者らしき男と、兜を被り呑気な雰囲気を纏う異様な姿の男。
「……メタルと、デューだな。何をしに来た?」
「ちょっと人捜しててな。この辺りに面倒ごと起こしそうな馬鹿居ねぇ? スズ」
「スズカゼ殿でしたら邸宅の方にいらっしゃるかと」
「……カゼ以外で、と言おうとしたんだがな」
「あぁ、失礼。でしたら、丁度それについて話し合っていた所です。何やらきな臭いことが起こっているようですので」
「きな臭い? 何があったんだ?」
そのきな臭いことをデイジーとサラがメタルに説明していると、腕を組んで不機嫌そうに壁へもたれ掛かるファナの元へ、デューが近付いてきた。
彼はファナ同様に壁へもたれ掛かると、メタル達には聞こえないような小声で囁き掛ける。
「誰か居ました?」
「……この辺りでは見ない浮浪者だ。恐らくカード所持者だろうが、人間だったな」
「あぁ、あの第二街への入街許可証っていう。けれど、ただ入ってきた人にしては殺気がありましたね」
「目付きが常人のそれではなかった。嘗て、傭われの男が第二街へ入ってきて子供を攫うという事件もあったしな。……恐らく、今回もそれに近いことがあるかも知れない」
「厄介ですね。メタルに話してる[きな臭い]ことって言うのは、それですか?」
「関連が無いとは考えにくいな。……で? 貴様等は何の用件だ? 怪しい者を探しているのなら、恐らく」
「えぇ、想像通りですよ。私達も私用でしてね」
「……虫が入り込んでいるようだな。この国に」
「中々、鬱陶しい虫がね」
桃色の柔髪に隠れる眼光か、漆黒の兜に埋もれる眼光か。
その二つの眼光が見定める虫の羽音は、何処。
知ること無くども、彼等が見据える先には確かに有り。
その傲慢にて不遜なる男の、邪悪な笑みが。
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