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獣人の姫  作者: MTL2
親と子と子と親と
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悪しく野蛮なる者への対応

《第三街北部・城壁》


「…………」


少女は胡座をかきながら、その中にジュニアを収めていた。

縁側で仔猫を抱える老婆のように、静かに、ただ。

然れどその心に穏やかさはない。あるのはただ、戸惑い。

自身の胡座で眠るジュニアをこれからどうするかという、戸惑いだけ。


「……はぁ」


頬を撫でる冷風も、暗沌とした戸惑いも。

自分の中で疼くだけ。ただ、それだけでしかない。

晴れることなく、渦巻いている。

誰が何を示すでもなく、己が子の行く末を決めなければならない今。

少女の心は黒が渦巻き、そして、沈んでいた。



《第三街東部・ゼル男爵邸宅》


「…………はぁー」


「ため息を付くぐらいなら言わなければ良かったのではないか」


「そうもいかねぇだろうがよ……。ジェイド、スズカゼの慰め(フォロー)は任せた」


「うむ。任せろ」


未だ焦げの臭いが残る邸宅の居間で、ゼルは眉間を抑えジェイドは肩を落としていた。

ジェイドの言う通り、本当は言わなければ良かったのだ。ギリギリまで置いておけば彼女が自ずと答えを出しただろうから。

然れど今の内に理解させた方が良いのである。強大な物を従える危険性というものを。


「ったく、せめてリドラの研究が進めばなぁ……」


「確か師匠なる人物より受け取った情報を解析しているのだったな」


「全部は教えて貰えなかったそうだが、代わりに自分の研究を少し分け与えたそうだ。全部分け与えなかったのは意趣返しだとよ」


「よくやる。……しかし、その師匠なる人物はよく絶滅した生物の情報を持ち得て居たな。何者だ?」


「イトーの関係者。これだけで説明が付くだろ」


「……確かに」


メイドの淹れてくれた珈琲も、今の彼等には果てしなく苦く感じられる。

スズカゼの周囲で蠢く何かが、自分達の首を絞めようと迫ってくる感覚。

彼女が災禍の中心になっているのは前からだが、最近は特に酷い気がしてならない。

気のせい、では決して済まされないであろう実体験まであるのだから、今回の一件も何かに化けそうだ。


「問題点はあの胡散臭い、モッコフとかいう獣人だ。背後に何の組織があるか知らねぇが、恐らくまだ絡んでくるだろうよ」


「第三街の獣人達には関わらないよう言伝してある。だが問題は人間の方だな。もし何か取引を持ち掛けられたらアッサリと乗るやも知れん」


「その場合が問題だな。スズカゼは何があっても問題ないが、メイドやハドリー、リドラが狙われると危ない」


「その男ならばそこまでしそうな雰囲気もあったのか?」


「するだろうよ、脅してきたしな。第一、ドラゴンは確かに貴重な存在なんだ。売るトコ売りゃ、数年は毎日豪遊できる金が入るだろう」


「端金だな」


「全くだ」


だが、その端金の為に殺人や詐欺、強盗を行う者は多く居る。

この第三街とて元はそういう人間の追放先だったのだ。

ジェイドの言う通り、もしあの男が第三街の金に困っている者共に話を持ち掛けたら、何が起こるか解らないだろう。

場合によっては関係のない周囲にさえ、被害が出る。


「早めに追放出来りゃ良いんだが、生憎とそういった権限は無いしなぁ」


「姫は伯爵だろう? 出来ないのか」


「出来る、かも知れないが、結局あの男には無駄じゃねぇか? どうせ名前変えて恰好変えて入ってくるぜ」


「……面倒な奴が出て来たな。そう言った執念深い奴は根本から断ち切らないといけない」


「やるか」


「立場を考えろ、立場を」


元より男爵であるゼルが、[今は]何の罪も犯していない者を処罰出来るはずもなく。

結局の対策はそのモッコフに注意するという事で落ち着いた。

あの男が何を起こすか分からない今、そして何も起こしていない今。

出来ることは、それぐらいしかないのだから。



《第三街西部・路地裏》


「フフフ……」


羽虫が帯び回り、生塵が散らばり、煉瓦にさえ傷が付けられた路地裏。

表から一回り二回り外れた裏通りであるここに、モッコフの姿はあった。

周囲の者共が破れ腐った衣服であるの中で彼は非情に浮いて見えることだろう。

現に彼が誰かの前を過ぎ去る度に、後ろから襲ってやろうかと言わんばかりに眼を鈍く唸らせる浮浪者が多く居た。


「良い場所だ」


然れど、モッコフからすればそこは絶好の場所でもある。

自身が今から行うことに協力してくれるであろう者達が、こんなにも居るのだ。

これを絶好と言わずして何と言おう。


「さぁ、皆さん! 聞いてください!!」


まるで社会の不正を訴える演説でも始めるかのように、囚われの姫を助けに行く勇者のように。

仰々しく、態とらしく、不遜にして傲慢な、歪んだ顔で。

舞い飛ぶ羽虫を懐に受け入れるように、或いは溝鼠共を集めるかのように。

男は語り出す。


「…………」


「……ほぉ」


その言葉を聞いて、浮浪者の殆どは彼へと寄ってきた。

ある者はモッコフ同様に口端を緩め、ある者は嫌らしく舌なめずりさえして。

餌を前にした獣のように、否、餌場を耳にした獣のように。

獣人よりも余程野蛮な眼光を呻らせて、彼等は寄ってくる。


「この肥溜めで一生を終えるつもりはないでしょう? ならば協力していただきたい!!」


男の演説は、或いは語りは。

多くの悪意という刃を集め、そして。

その刃はーーー……、少女とその周囲に向けられるだろう。



読んでいただきありがとうございました

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