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獣人の姫  作者: MTL2
親と子と子と親と
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子を案じる親

「……ジュニアを、ですか」


「あぁ」


苦々しい顔で呟くスズカゼに相対するゼルの表情もまた、酷く苦々しいものだった。

言わずもがな、先の火事の一件が原因である。

生まれたときはスズカゼの頭にちょこんと乗る程度だったドラゴンが、もう今では彼女の頭より大きくなっている。

少なくともペアウ村を訪れた際よりも、少しずつ大きくなっているのだ。


「今回の一件はお前の活躍もあって我が家以外に被害は無かったが、あくまで今回だけでしかない。ドラゴンの扱いは考えないといけないんだよ」


「成長によるものですよね……」


「言いにくいがな。リドラが今ドラゴンについて色々と調べてるんだが、やはり成長については間違いないそうだ。師匠からの情報もあって断定したらしいぞ」


「……でも、今更になって」


「俺もそう思う。だからこそお前に相談しようと……」


スズカゼはゼルの言葉を最後まで聞くことなく、思考に耽ってしまった。

今まで可愛がってきたドラゴンを捨てろ、と。暗にそう言われているのだ。

勿論、出来るはずがない。然れどこの現状を見ればどうだろう。

ドラゴンの火炎により、邸宅は燃えてしまった。前はボヤ騒ぎ程度だったのに。

流石に、考えなければいけないのだろうか。いや、しかしーーー……。


「おや、どうやらお話中のようで」


焦げ臭い居間に踏み行ってきたのは、胡散臭い猿の獣人。

後ろから慌てながらメイドが追ってくるところを見ると、どうやら無断で入ってきたようだ。

スズカゼは太刀に手を掛け、ゼルは男を睨み付る。

一瞬にして充満する殺気を前に男はおぉっとと態とらしく仰け反り、メイドは微かな悲鳴を漏らした。


「誰だ」


「モッコフ・バルバンチーナと申します。モッコフとお呼びください、ゼル男爵様。そしてスズカゼ伯爵様」


「そうか、モッコフ。お前の礼儀は無断で他人の家に踏み込むことか? それとも人の話し合いを邪魔することか?」


明らかに、不機嫌。

スズカゼもゼルの感情を読み取る前に、それを共有していた。

この男は明らかに傲慢で不遜。嘗て対面したギルドの長、ヴォルグよりも悪い意味で傲慢で不遜。

自己の生き方としてではなく、ただ自己の利益の為な、泥に塗れた傲慢と不遜だ。

前にしただけで感じ取れるこの感覚は不快感以外の何物でもない。


「……フフフ、これは失礼しました。何せ急ぎの用件でしてね」


「何だ」


「実は御宅で火災があったと聞きまして。それに際して御宅の修理と火災防止の器具を……」


「押し売りなら帰れ。買わんぞ」


「いえいえ! それは序でにございます。……本来の用件はドラゴンについてでしてね?」


その一言と共にスズカゼは眼球を蠢かせる。

ぎょろりと自分に向けられた視線を前に、モッコフは驚きも恐れもしない。

それこそが彼の傲慢さと不遜さ。人間として、否、獣人として感情が抜け落ちている。

自身の利益の為に不要な、感情が。


「ドラゴンの存在は非常に重要なのですよ。資料的にも学術的にも。私はある組織よりそれを受け取る為にこうして派遣されたのです。実際は商売人なのですがね」


「……組織の名前は?」


「言えません。女王に打診した時は組織名を考えてこいと言われましたよ」


笑い話のように話す彼だが、対峙するスズカゼとゼルからすれば絶句ものだ。

こんな雰囲気を纏ってメイアウス女王へ謁見したのか? だとすれば彼女の不機嫌さも当然だろう。

いや、むしろ王城が吹き飛んでいないことを幸いと言うべきかも知れない。


「ならば、こちらもそれには対応出来ない。如何に金を積まれようとも、何を売られようともな」


「宜しいので? お売りいただいた方が身のためですが」


「脅しか?」


「まさか。ご忠告ですよ」


ゼルの目元が痙攣するかのようにひくつき、微かに牙が剥かれる。

それが彼の怒りによる物だと、メイドは直ぐさま理解した。

そして共に、彼を止めようと駆け出そうとも。


「どの道、ジュニアを物扱いしてる時点で渡そうとも思いませんがね」


然れどメイドの行いはスズカゼの言葉によって遮られた。

余りに冷たく言い放たれた、それは。

その場の空気を凍てつかせ、砕くに充分なものだった。


「……そうは申されましても、こちら交渉して」


「帰ってください。あの子は私の子だ」


モッコフは何か言おうと口を開いたが、言葉は出て来ない。

代わりに仕方ないという動作ジェスチャーで意思を示す。

やがて身を翻して去りゆく彼を見詰めるのは、困惑する二つの瞳だけ。


「……スズカゼ。あの野郎に売れたぁ言わないが、ジュニアの扱いは考えておけ。お前の子なら、お前が決着を付けろ。親なら子を守るか、育てるか、解き放つか。……決めるんだ」


魔炎の太刀を持ち上げ、少女は腰を浮かす。

親ならこの行く末を決めろ、と。そう言われて反論できるはずもなく。

かといって喚きも、騒ぎも出来ない。ただあるのはこの行く末を案じる愚かな自分の姿だけ。

そして、その姿さえもーーー……、影に覆われている。


「……どうすれば良いか、なんて」


そんなもの、決められるはずもないのに。



読んでいただきありがとうございました

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