新しい護衛
【サウズ王国】
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「……新しい護衛?」
気の抜けた声で、スズカゼはそう述べた。
彼女と同じように気の抜けた声でおう、とゼルは応える。
どうにも、ゼルが言う事にはクグルフ山岳の一件で片腕を負傷したファナの代わりに新しい護衛をスズカゼに付ける、というのだ。
「いや、別に護衛とか要らないんですけど……。だって暫くはメイア女王からの依頼もないんでしょう?」
「確かにそういう通達もあったけどよ。……この国にだってお前を面白く思ってねぇ奴もまだ居るんだ。安全とは言い難いぞ」
「それはそうですけど……」
「心配しなくても、両方ともちゃんと女だ。その点は配慮してる」
「女?」
「おう。入ってくれ!」
ゼルの声に反応して、執務室の木扉がぎぃと音を立てて開いた。
微かな心臓の鼓動を感じながらスズカゼは緩やかにその方向へと振り向いた。
まず微妙に開いた扉の隙間から見えたのは、銀色。
それに続く葵色と、薄茶色の皮。
それこそは小手だった。
正しく騎士が付けるような小手だ。
スズカゼがそれを見て真っ先に思い浮かべたのは、骨肉隆々の筋肉ダルマのような人物だった。
小手を付けていると言う事は、ファナのように魔法や魔術を使うのではないのだろう。
接近戦を得意とする人物で、しかも護衛というのだから、そういう女性が来てもおかしくはない。
ただ、そんな人物と緊張感なく付き合えるかと言われれば決して首を縦には振れないだろう。
「紹介しよう」
だが、スズカゼの目に映ったのは、そんな人物ではなかった。
彼女の視界に映るのは二人の女性だ。
片方は黄色に近い、茶色の頭髪を持ち、面立ちは良く言えば真面目そうな、悪く言えば厳しそうな印象を受ける。
身長はスズカゼよりも少し高い程だろうか、それでも女性らしい身長だ。
彼女の予想と違ってその小手を通した手はごく普通の細さで、街で擦れ違ったとしても何の違和感も抱かない程度である。
その女性は凛とした様子で黄色の双眸を彼女へと向け、両手足をピシッと真っ直ぐ伸ばしきって、スズカゼへと敬礼を行った。
「王国騎士団所属、デイジー・シャルダです!」
声もはきはきとしていて、非常に真面目な人物なのだろう。
彼女は敬礼していた腕を下げて、一歩後退した。
それは彼女の隣に居る人物の紹介に移るためだろう。
そのデイジーと名乗った女性の隣に居た、もう一人の女性。
彼女もそれを察したのか一歩前へ出て自己紹介を開始した。
「同じく王国騎士団所属、サラ・リリエントですわ」
先程のデイジーとは違って、穏やかな印象を受ける女性。
橙色の頭髪は耳元でカールしており、見るからにお嬢様ヘアーと言った所だ。
身長としてはデイジーと同じか、少し低い程度。
また、サラと名乗った彼女はデイジーと違って手を肘に添えて、さらにその手を添えた腕を頬杖としている。
街角で主婦が困ったわ、なんて言うときにする恰好のような物だ。
彼女はデイジーと違ってスズカゼに向かって敬礼もしないし、お嬢様口調の自己紹介が終わった後はただほわほわとしている。
何とも言えない停止時間が彼等の居る空間に訪れ、どうにも気まずい空気となった。
それを見かねたのか、デイジーはサラの二の腕を肘で小突いて何かを促した。
「あぁ、そうでしたわね。そろそろ午前の紅茶を飲む時間……」
「そうではないだろう!? 敬礼はどうした!! この方は第三街領主にして伯爵地位を持つお方だぞ!!」
「だって、私の父も伯爵ですもの」
「そういう問題ではなぁあああーーーい!!」
ぎゃあぎゃあと叫くデイジーと、それを受け流すサラ。
そんな二人の様子を見ていたゼルはまたか、と言わんばかりに額を覆う。
「いつもこんな調子なんですか?」
「いや……、うん。まぁ、うん、ね?」
「……ご苦労様です。それはそうと、この二人が私の護衛に?」
「ん、あぁ。あんな調子だが腕は確かだぞ。近接戦闘専門のデイジーに遠距離狙撃専門のサラ。部隊でも指折りの実力者だ」
「へぇ……。……そう言えば騎士団長でしたね、ゼルさん」
「何で今更!?」
「いやぁ、普段がアレなので」
「アレって何だよ!!」
「それはそうと良い天気ですね」
「何で流すの!? 何これイジメ!?」
「いや、別に」
デイジーの喚きにゼルの喚きまで加わって、それを受け流すサラとスズカゼの反応まで加わって。
ゼルの執務室は最早、カオス状態となっていた。
誰かが入らないと止められないこの状態。
ゼル邸宅中に響いて居るであろう彼等の喚きを止める事となったのは、紙束を持った一人の獣人だった。
「ゼル。カードの登録資料のことだが……」
彼、ジェイドがこの部屋に入ってまず目にしたのは見覚えのない二人の女性。
それに続き机に顔を伏せて肩を震わせるゼルと、そんな彼を見下すスズカゼの姿だった。
彼が何なんだこの状況は、と言うよりも前に、デイジーよりその言葉は飛んでくる。
「貴様、ジェイド・ネイガーか!」
「……あぁ、そうだが」
「ゼル団長と互角に戦うというその実力、見極めさせて貰う!」
デイジーは先程までサラに向けていた喚きを止めて、ジェイドへと拳を向ける。
彼女は今、この場でジェイドの実力を確かめるために戦闘を行おうとしているのだ。
とは言っても、この資料の山が積まれた執務室でそんな事をすれば大惨事になりかねない。
スズカゼは慌てて彼女を止めようと振り返ったが、それよりも早くゼルが彼女へと小走りで歩み寄っていった。
「止めろ、アホ」
スパァンと乾いた音が鳴り響き、デイジーの頭部が叩き落とされる。
大きく前のめりになった彼女は身につけた軽甲防具をガシャンと揺らしながら、どうにか体勢を立て直した。
「何をなさるのですか!? 団長!」
「お前が徒手空拳でジェイドに勝てるか。馬鹿な事やってねぇでスズカゼ連れて親睦深めてこい」
「し、親睦と申されましても……」
「親睦と言えば第一街で美味しいカフェが出来たそうなんですの。ご一緒に如何かしら?」
「え?」
「貴様、サラぁ! まだ私が話しているだろうがぁ!!」
「だってお話が長いんですもの。心配しなくても私がお金を出しますから。どうぞどうぞ」
「ちょ」
「……仕方あるまい。スズカゼ殿! 参りましょう!!」
「あの」
「ほらほら、ご遠慮なさらずに」
「あの、話を」
スズカゼが色々と言いたい事を言う前に、彼女はデイジーとサラによって執務室の外へと引き摺られていく。
連れ去られて行く時、何か怨恨の声を漏らしていたのだが、ゼルはそれから目を逸らして外の光景を眺めていた。
「……大変だな、貴様も」
「ほっとけ……」
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