閑話[野宿は怖い]
【ペアウ村】
《村の入口》
「そう言えばゼルさん」
「何だ」
「リドラさんとジュニアと、どうやってここまで来たんですか?」
「獣車を傭ってきた。レンを傭おうとしたら既にお前達が傭ってたしな」
「へぇー、ジュニアは大人しくしてましたか?」
「あぁ、獣車一台買い取ったよ」
因みに買い取り料金はスズカゼの今日給与から天引きである。
今月は生活費すら危ないのではと思案するも、大国の伯爵という地位故に凄まじい貯蓄を持つ彼女は兎も角として。
もっとヤバい青年が、ここに一人。
「……武器の修理費とか、依頼の補償とかで、生活費どころじゃなく食費がヤバい」
大国の伯爵でもない、ただのギルド登録パーティー[剣修羅]のシンからすれば、それを補う金はない。
そもそも今回の一件は私怨によるものだ。無論、賞金など出るはずもなく。
それ所か警備の依頼失敗により金銭面的な補償を行わなければならない可能性すらある。
要するに、金がない。
「シン君って初めて会った時は女性に騙されて身包み剥がされてたよね」
「よくある事なんでギルドの方にある宿舎で金は置いてあるんスけど、今回はそれも吹っ飛ぶッスね」
「……お前、俺と模擬戦するよかギルドに帰って仕事取ってきた方が良いんじゃねぇのか」
「い、いや、流石に大国の騎士団長と模擬戦できるっつー機会を逃したくないッス……」
「そりゃ良いけどよ。ウチに居るアイツみたく、野営生活するハメになるぞ」
ゼルとスズカゼの脳裏を過ぎるのは一時期、湖周辺で乾涸らびかけていたあの男。
ジュニアは何を思ったのか空へ炎を吹き出し、玩具を懐かしむ子供のように背中を丸め込んで見せる。
……というか、本当に比喩でなく玩具を懐かしんでいるのではないだろうか。
「大丈夫ッスよ。野宿って言っても魚とか木の実とか……」
「確かジェイドさんが趣味の釣りやってる時にあの人釣り上げてましたよね」
「魚を追ったが捕まえられず、デタラメに体力を消費し過ぎて溺れたんだっけか」
「木の実取ろうとして野鳥と乱戦になったり」
「ハドリーが野鳥を説得しなけりゃ死んでただろ、アレ」
「や、野生動物を狩って肉とか……」
「ゴマルナル牛を捕まえに行くとか言って出て行ったは良いけど、満身創痍で帰って来ましたよね」
「しかも毒に犯されてたし、喰ったには喰ったんだろうな。あの牛、毒持ちなのに」
「べ、別にそんな難易度高くなくても……」
「普通に襲おうとしたフェイフェイ豚が家畜だったから村単位で襲撃されたり……」
「森の中なら大丈夫だろうと安易に入った山で遭難して死にかけたりしてたらしいな」
「も、もっと、こう、未知の……」
「その男が未知の場所で拾ってきたのがこのドラゴンだ」
ジュニアは自らを指差したゼルに火炎を吐き付け、不機嫌そうにその身を丸めて眠りについた。
一方、全身を炎に覆われた彼は慣れたと言わんばかりに平然とその場に座り込む。
魔力を表面に纏わせて炎の広がりを遅くするんだと説明しているが、火炎は既に彼の全身を覆っている始末。
燃え盛る男から説明を受けるこの光景の、何と奇妙な事か。
「……え、えっと、あの、何と言うか、その」
「何だ」
「…………大丈夫ッスか?」
「ぶっちゃけそろそろキツい。けどスズカゼが炎をどうにかしてくれねぇんだけど」
「え、それってお洒落じゃないんですか?」
「こんな命を賭けたお洒落があって堪るか」
取り敢えず[魔炎の太刀]で炎を消火、基、吸収して。
少し焼け焦げた地面に再び腰掛け、ゼルは軽く頭を掻きつつ説明を再開させる。
「取り敢えず野宿は危険がいっぱいだ。魚が捕れず溺れたり木の実を取ろうとして鳥に襲われたり動物を狩ろうとして逆襲されたり要らねぇ誤解を生んだり遭難したり燃えたり……」
「さ、最後は関係ないんじゃないッスかね……」
「まぁ、色々あるから気を付けろ」
「……野宿って怖いッスね」
「いやホントにな」
全身黒焦げの男と野宿の怖さを知った青年。
彼等は空を見上げながら、取り敢えず息をつく。
結局、金銭問題は解決してませんよね、と。
少女の呟きを、聞きながら。
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