師匠の最高傑作
《師匠の家》
「……師匠、その義手は」
「おう。俺の最高傑作」
片目にレンズの填まった眼鏡を装備しながら、師匠は凄まじい量の道具に囲まれてゼルの義手を弄くっていた。
その動作や解体具合は最早、点検の領域を超えている。解体だ。
しかし、彼の脳内には解体する手順どころか、螺旋の本数から種別、巻きの回数までもが刻まれている。
自身が設計した義手全てを舐め取るように観察、否、確認しているのだ。
「……そうですか」
「何? 拗ねてんのか? お前の義手は最高傑作じゃないから?」
「べ、別にそんな……」
「オクス。お前の義手は間違いなく傑作だぜ? ただ最高じゃねぇだけだ。体内熱と機動熱をエネルギーに変える超過機動。その一撃の最高威力は圧縮鉱石の山をも砕く。そしてそれに耐え得るだけの強度。……ベルルーク国にでも売って見ろ。数年後には劣化に劣化を重ねたそれが軍に常備されるだろうよ」
「それは解っておりますが……」
「俺が作るのはいつだって傑作だ。ザッハーの義手だって奴の卑劣な性格に適した仕込み武器入りの逸品だしな。まぁ、試行錯誤の微妙なのもあったりしたが……。そういや、アイツ元気? 試行錯誤の微妙作を強引に取っていった以来、来てないけど」
「……死にました。[獣人の姫]にギルドで戦闘を吹っ掛けて」
「そりゃ死ぬだろうな。あーあー、男の浪漫が詰まった義手を作れる奴だったのに馬鹿だねぇ。ま、別に良いけど」
「確かに奴は最低な男ではありましたが、その戦闘力は確かな物がありました。ギルドでも[骨血の牙]と言えば眉根を顰める者も多かった」
「ザッハー自身の戦闘力と俺の義手だからな、当然だ。……で、話を戻すが、このゼルの義手な、最高傑作だ何だとは言ってるが、お前が付けたら死ぬぞ」
「……はい?」
「いや、そのまんまの意味。見てみ? これ」
師匠が指差したのは義手の奥深くに埋め込まれた一つの石だった。
石ーーー……、ではない。魔法石だ。煌々と輝くその様は正に魔力の発光現象。
しかし、見た事のない色である。限り無く白や銀に近い光。何処か神々しいまでの、光。
「……魔法石、ですよね?」
「そうだ。だが、そうじゃない。四天災者[灼炎]ことイーグ・フェンリーを知ってるか? ベルルーク国軍の将軍だ」
「え、えぇ、勿論。……彼が?」
「いや、別にアイツは関係ねーけど。ただ、奴は魔力を操ることを極めた奴でな。魔具を創れるんだよ。……スズカゼの[魔炎の太刀]だってそうだな。こんな事が出来るのは、まぁ、奴ぐらいだ」
「それとこの魔法石に何の関係が?」
「この魔法石創ったの、四天災者[魔創]だぞ」
オクスはその言葉に思わず声を失った。
四天災者が創った魔法石が、今、目の前にある。
もし市場に出回ろうものなら、一国が全財産を擲ってもおかしくないような、逸品が。
「イトーも補助してやっと魔力を固められるような……、っと。こりゃどうでも良いか。肝心なのはこの魔法石が魔力を吸収して増幅させるっつー点だ」
「そ、それは普通でしょう? 魔法石は基本的にほんの微量の魔力を持って魔術や魔法を発生させるものです。しかし魔力を用いずとも生命力……、とでも言いましょうか。それを持ってすれば獣人でも扱える代物では?」
「そうだな。四天災者繋がりで言えば[断罪]はその生命力と身体の容量が異常な故に魔具を同時に発動させるっつー頭の狂った所行を成してるワケだ。……で、また話を戻すがゼルの義手は魔力を吸収して[魔力を増幅させてる]んだよ」
「……はい?」
「夢の永久機関って素晴らしくね?」
「ちょ、ちょっとお待ちを……。それって永久機関ではないですか? 人類が夢見た、叡智では!?」
「だからそう言ってんじゃん。つっても、こりゃ永久機関とは言えない代物だがな」
「ど、どういう……」
「使えば使うほど、身体が魔力に蝕まれる。四天災者[魔創]という圧倒的なまでの存在に身体が耐えきれず、自身の魔力によって自身の生命を染め上げていくんだ」
「……つまり、使えば使うほど身体が四天災者[魔創]の魔力に染まっていく、と」
「正しく言えば少し違うな。使えば使うほど四天災者[魔創]の魔力に耐えきれず身体が同化しようとする。結果、残されるのは人間の形をした魔力の結晶体だ」
「人間の形をした魔力の結晶体……」
「精霊や妖精と同意義のな。だが、そこに至るまで身体が耐えきれるワケじゃねぇ。大抵は蝕まれる感触に発狂するし……、いや、そこに行くまでに身体が機能停止するか爆散するか、だな。獣人なんぞが使って見ろ。魔力を持たぬ存在が耐えれると思うか? 身につけて起動させたら一瞬で……、な」
「あ、あの男がこれに耐えられるのはその身体の頑丈さと精神の強靱さ故に……、と?」
「そうだ。だからこの義手は最高傑作にして最低の作品。完全個人用の逸品ってワケよ」
「……何と、まぁ、申しますか」
逸脱している。
師匠の技量は明らかに常世のそれではない。自身が知る限りで最高の技術者だ。
その人物が最高と称する設計と、この世界において最強の魔力を持つ四天災者が創り出した魔法石による義手。
確かに、最高傑作だ。使える人間がゼル・デビットその人ぐらいしか居ないということを除けば。
だが、師匠は一つだけ言葉を逸らした点がある。
身体が魔力に蝕まれるのであれば、ゼル・デビットは全く平気なのか?
彼の身体に対する障害は全く無いと言い切れるのか?
「……師匠」
「ん?」
「あ、いえ……、何でも」
いや、忘れてはいけない。
この人は全てを知りながらにして全てを言わない人だ。
ならば、その事を言わない理由も何かあるのだろう。
それが善にせよ悪にせよ。
彼の意図に文句を投げつける事は、出来ない。
それは、その思考のさらに先。自身の墓穴を掘ることに、他ならないのだから。
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