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獣人の姫  作者: MTL2
名も無き村で
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罰としての薪集め

「……何で俺がお前等の飯を作ってやらにゃならんのだ」


「良いじゃないですか。皆で食べる食事は美味いし」


「そうだな、お前等が俺の一ヶ月分の食事消費しなけりゃそうかもな」


食卓に並ぶ、決して豪華絢爛ではない食事の数々。

しかしながらその量。否、空き皿の量は目を見張る物があった。

特にスズカゼとオクス、シンの空き皿が酷い。彼等の身長を超す空き皿数列が並んでいるのだから。


「おかわり」


「私もお願いします、師匠」


「あ、俺もくださいッス」


「クロセール」


「ご自分でお止めください」


結果、彼等の朝食は師匠家の備蓄が底を突きかけるまで続いた。

元より侘びしい一人暮らしの家だ。大食い三名と普通に食べる三名が来ては備蓄が持つはずもない。

因みに微かに残ったのは芋のみである。


「くそ……、昼飯どうすんだよ……。つーか俺の朝飯が芋一個って……」


絶望に暮れ、膝を折る師匠。

そんな彼にも救いの手はある。そう、獣車の行商人であるレンという救いの手が。

表情に希望の色を含ませ、師匠はレンの手を取って立ち上がった。


「七万ルグでス」


「……えっ」



《森林》


「それで、ここからどうするつもりだ」


鬱蒼と生い茂る木々に沈む場に居るのは、スズカゼ、オクス、シンの三名だった。

特に飯を食した彼等は罰として薪集めに行かされた訳である。

尤も、彼等に掛かれば薪など作り放題だし、運搬に関しても代わりの義手を装備しているとは言えオクスが居るのだから、何ら問題はない。

強いて問題を挙げるのではあれば薪を取りすぎるぐらいか。


「特に予定はないですね。精々、師匠から情報を搾り取るぐらいですか」


「あ、あの方の胃が大変な事になりそうだな……」


「ってか、スズカゼさんって師匠さんから何を聞くつもりなんスか? 前に話した時から様子が変ッスよ」


「いやぁ、まぁ、色々とね」


まさか彼等に本当の事は言えまい。

ゼルやリドラ、ジェイドに言ったことすらないのだから。

と言うか、師匠もそうやって過ごしているように、現世云々は言わない方が良いのだろう。

言っても良くて戯れ言扱いか、酷ければ狂人扱いだ。

今と大して扱いが変わらない気もするが、まぁ、止めておこう。


「確かに師匠は知識人だ。彼の知識量はクロセールと比べると劣るが、専門的な部分に特化している。精霊や妖精についての召喚学や歴史についてもそうだ。特に魔力に関する知識は相当な物だろう」


「成る程……。何かリドラさんと似てますね」


「所詮は私も又聞きだから、詳しくは知らない。クロセールの尊敬……、と言うか崇拝するリドラ氏と重なっているのも学者的な何かがあるのではないだろうか」


ふむ、と。

スズカゼは思わず顎先を下げて思考を巡らせる。

確かにリドラと重なる部分はあるが、偶然だろうか。

師匠は現世に帰る方法を教えてくれなかった。然れど、調べていないとも思えない。

その過程でオクスが述べた学問を履修しているのであればーーー……、同質の研究をしているリドラも近い場所に居るのではないだろうか?

調べる価値は、ある。


「帰ったら聞いてみるか……」


「それが良いだろう。しかし、スズカゼ殿は恵まれた環境に居るのだな。サウズ王国最強の男や彼の有名な鑑定士であり学術を修めるリドラ氏……。いや、四天災者に関われるというだけでもう充分な程ではあるのだが」


「俺も一回はゼル・デビットと戦ってみたいッスね。あ、四天災者[魔創]にも会ってみたいッス」


「シン君、もう会ってるけど」


「え?」


「ほら、ギルドの酒場で口説いてた……」


記憶を辿り、思い出す。

嘗てギルドでの喧騒の際、出会った目を疑うほど美しい女性のことを。

そしてその最中に凍り付いていた周囲の表情を。


「どうして口説き切れなかったのか……!!」


「ここでそれを気にする辺り、シンも大分アレな部類ではないだろうか」


「と言うか口説いたら口説いたで大変な事になりますけどね。遂にサウズ王国に王子が誕生するんだろうか。……王女なら許しますが」


「もっとアレな部類の人間が居るッスよ」


「言うな。獣車内での一件で充分に解っている」


歪な妄想に身を悶えさせるスズカゼは取り敢えず放置して置いて、彼等は薪の採取を再開させる。

既に樹木数本分、使用量にして数ヶ月分は集まっただろう。もう充分なはずだ。

オクスはそれら全てを担ぎ上げると同時に、未だ妄想に浸るスズカゼと衣服で汗を拭くシンへ合図を送った。


「無事に集まったみたいッスね」


「まぁ、元よりただの薪集めだ。何かある方がどうかしているだろう」


「そりゃそうッスねぇ」


笑い合う二人の後ろで、少女は何かを思いついたように木の上へ上がっていった。

それこそ蛇のようにするすると。音も立てず、気配を地上に残して。

振り返ったシンがその場に居ないスズカゼへ声を掛けてしまう程に。


「な、何してんスか!?」


「いや、ちょっと知った気配が……」


「敵か?」


「ある意味は、これ……。あっ」


スズカゼは木々を駆け下りると同時に、明後日の方向へ全力で走り出した。

周囲の落ち葉が天へ舞い上がり、衝突した樹木をへし折るほどの速度で。

何から逃げているのかと聞きたくなるような、とんでもない速度で。


「……何が」


あったんスかねぇ、と。

そう言いかけた青年の隣を何かが駆け抜けていく。

いや、駆け抜けていった。目にも留まらぬ速度で。音すら置き去りにする速度で。

それは、駆けていった。


「こンの大馬鹿野郎がァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


スズカゼの後頭部に鉄の拳が衝突し、少女は弾丸が如く土砂へと突き刺さる。

唖然とした様子でそれを眺めるのは白黒の騎士と剣士の青年。

そして、懐にドラゴンを抱えた猫背の男。


「……噂をすれば」


「何とやら、ッスかね……」



読んでいただきありがとうございました

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