朝日の下で刃を交える
「……模擬戦がしたい、ッスか?」
「はい」
ペアウ村に滞在して二日目。
まだ日も昇りきってないような早朝から、スズカゼとシンは日課の鍛錬を行いながら言葉を交わしていた。
本来なら前日に帰国していた彼等がどうして未だ滞在しているのかというと、だ。
当の足である獣車を持つレンがこの村での行商を成功させ、大利益を上げたために滞在日数を伸ばしたからである。
別にスズカゼ達が願えば帰るがという彼女の提案も、本人は拒絶した。
曰く、暫しここに留まるのも悪くない、だとか。
「ほら、約束したきり出来てなかったでしょう? 最近は模擬戦もゼルさんとやってるんですけど、あの人は実践型の大振り過ぎて……」
「あー、居るッスねぇ。殺すことだけに集中して技がないっつーか」
「技を前にしてもねじ伏せるだけの回避力とか防御力がありますから……。あーあ、あぁいう攻撃力欲しいなぁ!」
「ちょっと俺の眼前に広がる割れた荒野と消えた山が見えるんスけど気のせいですかね」
攻撃力は兎も角、と。
取り敢えずスズカゼは技を磨きたいと言い切った。恐らく自分の技はシンには及ばないだろうから、と。
しかし、当のシンは謙遜などでなく本当にそんな事はないと言い切る。そもそも自分の技と貴方の技は比べる領域では無い、と。
「俺って幼少の頃から独学で剣やってた事もあるんで。鉄鬼覚えてるッスか?」
「あぁ、あの鍛冶屋の。シン君の剣とかデューさんの兜とか治して貰った……」
「そうッス。あそこのおやっさんに拾われた事とかもあって。まぁ、こっちは俺の人生なんで省くッスけど、剣はほぼ独学だったって事ッス」
「独学でそれですか」
「良くも悪くも様々な人間が集まるギルドですから。剣の扱いに長けた人と一緒に任務行ったり教えを請うたりして学びました」
「それを我流に磨いた、と。鉄壁を斬れるなら文句無し上等ですね」
「……覚えてたんスか」
「えぇ、まぁ。あの時の斬り合いの約束もしっかりと」
朝霜と爽汗伝う彼女の表情は、美しかった。
美麗でもなく可憐でもない、その表情は。
シン・クラウンという青年にはーーー……、とても、美しく、見えた。
「これで女色家じゃなきゃぁなぁ……」
「え? 何か言いました?」
「いや、何でも。人間が初めてする本気の恋は決して叶わないって誰かが言ってたなぁ……」
「そりゃ恋は叶わないですよ。叶えるモンですもの。結果は叶わない、じゃなくて叶えなかっただけです」
「……相手が女性だったら」
「寄越せ」
「ですよねー」
この人はこういう人なんだろう、と。
叶わぬ恋を想い馳せながら、シンは深く深くため息をつき、最後の一本を振り抜いた。
日課の素振り千本。今日も悪くない出来だ。
少なくとも全身の冴えが感じられる程に、良い。
「……って、あれ? スズカゼさんもう振り終わってる」
「素振りは型の確認と洗練に重きを置いてるんで。さぁて、模擬戦始めますか!」
「え、今から? 休憩は?」
「大丈夫ですよぉ、一万本ぐらいでヘタれませんって」
少女が軽々しく言い放つ、その数。
思わず目玉が飛び出しそうになるシンだが、それが嘘とも思えない。
この人物ならやってのけるだろう。大地を裂き山を消し去るほどの、この人物なら。
「じゃ、じゃぁ、やります……?」
「やりましょうやりましょう」
スズカゼは魔炎の太刀を、シンは白銀の刃を。
互いの汗伝う切っ先は朝日に輝き、光を放つ。
互いに離れるは数メートル。踏み込みを入れて刃を伸ばせば相手に届く距離。
「…………」
勝負は、一瞬だろう。
スズカゼと自分の距離は踏み込み一回分。先に踏み込むよりも迎撃した方が良い。
普通に考えれば、そうだ。だが、スズカゼは踏み込みと斬撃を同動作で行える。
極限まで短縮するどうこうの話ではない。最早、人のそれを超えた領域。
だが、自分も負けてはいない。あの化け物との戦いで習得した空中跳躍。それを応用し、踏み込みのさらに奥へ入ることが出来る。
彼女を狙うのではなく、太刀を狙う。極限の踏み込みによる叩き落とし。
裏を掻くのだ、要するに。真正面から戦っても彼女の領域に達するのは難しい。
剣技だけでなく知略も含めての模擬戦だ。ただ、技を競い合うのなら演舞で良いだろう。
それが解っているからこそ、彼女も模擬戦と言ったのだ。
即ち、今ここで見せるのは技ではなく知略。どれだけ効果的に技を振るえるかという、知識による技術だ。
「はい、一本」
気付けば、シンの剣は天を舞っていた。
彼の汗が太陽に吸い込まれ、刃は煌めきの中に消えていく。
刹那、否、それ以下。
スズカゼはシンの剣を弾いたのだ。踏み込みという動作によって太刀を伸ばし、切っ先を剣に当てて。正しくは剣の柄に当てて。
小手先で、真上に弾いたのである。
「え、ちょ」
「よっしゃ、一端休憩しますかー」
「えぇええええぁああああああ!?」
汗で滑りやすくなっていたこと、思考のせいで力が鈍っていたこと。
幾つか理由はあるだろうが、彼女はそれを見抜いた上で剣を弾いた。
容易く、弾いて見せたのだ。
「……勝てる気がしないッス」
「頑張ってくださいね!」
肩を落とす青年と、腕を天へ伸ばす少女。
正反対の雰囲気を纏う彼等が汗を流して師匠家の食卓に並ぶのは、それから数十分後である。
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