生涯の道に障害は無し
「…………」
少女は、手を組んでいた。
指を交差させ、腕に力を入れて、手首を怠けさせて。
絡み合った思考のように、ただ、一本の線とならず。
不可解な感情と、不可解な苛立ちに。
手を、組んでいた。
「……[獣人の姫]は何があったのだ? 師匠と話してから、ずっとあの調子だが」
「さぁ? 解らないッス。けどあの様子を見る限り、かなり重要な事を言われたんじゃ……」
「どうでも良いが、彼女が大人しいのはかなり有り難いと思うのだが、どうだろう」
「同意だ、フー……」
「少し静か過ぎる気もしますけどネ」
三武陣も、シンも、レンも。
彼女のその様子に声を掛けようとはしない。否、出来ない。
先の様子と余りに違いすぎているから。
「……その、何ていうか。スズカゼさん! 元気出してくださいッス! 貴方らしくないッスよ!!」
「……はぁ、…………どうも」
「駄目ッス。これ完全に駄目なヤツですよ」
「心ここにあらず、だな」
スズカゼは思案していた。いや、正しくは嘆いていた。
罰せられない想いや師匠に対する困惑ではなく。
己の、在り方について。
「……自分の、生きたいように」
自分の生きたいようにして、得た地位だ。
自分の生きたいようにして、殺した彼女だ。
自分の生きたいようにして、立っている大地だ。
ならばそれを護りたいと思うのは当然ではないか? ならばそれを手放したくないと思うのは当然ではないか?
今築いたこの地位を、失いたくないと。
「…………けれど」
それが、自分の生き方なのだろうか。
生きてきた。結果だ。得た。証だ。
それは自分の人生に与えられた物であって、得た物であって、生み出した物ではない。
嘗てはーーー……、そう、嘗て自分は編集を志していた。
誰かが人生を掛けて生み出した作品を世に広めたい、と。
そう思ったから。編集を目指していた。
けれどあの時ーーー……、忘れもしない、雨が降っていたあの日。
自分はこの世界に来た。来てしまった。
それから様々な事があって、今、ここに立っている。
立っている、だけだ。
「……進まなきゃならないのかな」
進まなければ、どうにもならない事は解っている。
いや、ここで立ち止まっても生きていけるだろう。
ただ老いていけるだろう。この平穏な世界で幸せに、老いていけるだろう。
大切な人々と共に幸せに暮らして、過ごしていけるだろうーーー……。
それも一つの在り方だ。それも一つの人生だ。
望むべき、平和なのだろう。
「止まることも、選択……」
止まれば、良い。
立ち止まって、周りを見回せば良い。
一休みを、そのまま永休としても、良い。
それが一つの人生ーーー……。
「嫌だ」
ただ、そう思う。
止まって、休んで、過ごして。
そんな人生は嫌だ。自分には解決すべき問題がある。
未だ自分の前には幾千数多の問題があるのだ。決して目を逸らしてはいけない問題が。
安穏として堪るか。こんな、平穏に身を浸して堪るか。
下らない正義感など知るか。下らない論理感など知るか。
彼は言った。生きたいように生きる、と。
自分もそうしてきたではないか。自分もそう望んだではないか。
英雄なら、そうすべきだっただろう。主人公なら、そうすべきだっただろう。
だが自分は自分だ。一人の、境界線上に立つ者だ。
知ったことか。英雄譚や主人公論理など、知ったことか。
「よし」
少女は魔炎の太刀を抜刀する。
昔からそうだ。何かあると刀を振るってきた。
竹刀ではなく、今は真剣だけれど。
それでも、今の鬱憤を晴らすには事足りる。
そうあれかし。いつものようにではなく、生きるように。
怠惰に過ごすのでは無く、決められた平穏を望むのではなく。
自分であれ。自分のありたい姿であれ。
馬鹿でも阿呆でも。例え、それが地獄の道でも。
貫き通すことも、また、人生。
「……っし」
一回、二回、三回。
軽く、振る。
今までこうやってきた。こうしてきた。
道は開いている。歩みを止めたのは自分だ。
ならば再び歩もう。ならば再び歩いて行こう。
いつだって道は開いている。止まるのは世界じゃなくて、自分だけ。
ならば歩もう。ならば、走ろう。
止まってなるものか。いつだって、紅蓮の刃を携えて走ってやる。
常識破りは自分の十八番だろう。ならば、そうしよう。
そうあれかし。
「な、何をする気だ?」
「素振りじゃないッスかね? 構えがそれッスよ」
「何故、急に素振リ?」
「さ、さぁ? 解らん」
「彼女を理解しようとする方が無理と思うのだが、どうだろう」
全員はフーの言葉に同意するが如く、頷きを見せる。
まぁ、何やら自分で吹っ切れたようだし良かった、と。
シンが言う言葉にもまた、同意を見せて。
眼前で天陰・地陽が放たれ、荒野に聳える山が消えたことに驚愕を見せて。
やり過ぎちゃったと可愛らしく舌を出す少女に呆然として。
「じゃ、ちょっと自分の思うようにやってきますんで」
そのまま魔炎の太刀を仕舞って、お話ししてきますねと笑みながら師匠の元へ行く少女を見送って。
少女の豪声と共に殴り倒されて転がって来た師匠を唖然と見て。
やがて、皆は静かに息をつく。
「誰か止めろ」
「無理」
「ですネ」
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