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獣人の姫  作者: MTL2
名も無き村で
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師匠という人間


「まぁ、入れや」


スズカゼを出迎えたのは、背中だった。

適度に伸びて適度に丸まった、背中。

何をしているのかはよく見えないが、恐らくオクスの腕を作っているのだろう。

静かな部屋には機械音と部品が組み立てられていく音が這うばかり。

彼女はその這い回る音に遠慮するが如く、小さな返事と共に扉を閉めた。


「えーと、師匠さんでしたっけ?」


「そうだ。そこそこの敬意を込めて呼べ」


「何でそこそこ……」


呆れの様子を見せながらも、スズカゼは軽く部屋を見回してみる。

壁に断崖絶壁が如く聳え立つ蔵書の山。まるでリドラ別荘の書斎を彷彿とさせるようだ。

いや、あの場所と違うものがある。それは壁に掛けられた幾つもの義手である。

見るからに、こう、浪漫を追求したような。ロケットパンチとかファイヤーフィンガーとか。

嫌いじゃない。むしろ好きな部類ではある、が。

オクスはこういう類いを嫌いそうである。何となく。


「で、話って?」


「んー、あー、んー」


要領を得ない、随分と悩ましげな返事だった。

まるで言い訳を考える子供のようだ。

間延びしたその声は数分ほど続き、スズカゼの眉根を微かに寄せさせる。

苛つく。人を呼びつけておいてこの反応は何だ。

こんな事ならもっとフーさんとイチャイチャすべきだった、と。


「そうだな、そうだ。その時なんだろう」


彼は一人で納得したように、手を止めた。

部屋を這っていた機械音が止まり、底深い静寂が部屋を埋める。

そして、破る。彼自身が破る。

しぃ、と。歯間から抜けるような息を吐いて。

両掌の間で空気を弾けさせて、再び、しぃ、と。


「その前に、まぁ、聞け」


彼は椅子を回転させ、スズカゼと向き合った。

何の特徴もない、その男は。

余りに特徴的な、その表情で。


「……泣いてます?」


「割とな」


右の瞳から、涙が伝っていた。

左の瞳は、笑うように歪んでいた。

何の特徴もないような男の、余りに特徴的な表情。

スズカゼはその表情が余りに悍ましく、そして、恐ろしかった。


「俺は小さな町で生まれてよぉ、勉学もそこそこだった。友人も少なかったが、気の良い連中だったから付き合いは深かった。休日に飯を食いに行く程度にはな。そんで歳重ねて仕事始めて……。技師だったんだ。ん、まぁ、嫁も居ないがそこそこ恵まれた人生だったと思うぜ? 休日に酒の飲める先輩や同僚も居たし、嘗ての友人達とも交流があった……。良い、人生だった。俺が呑まれるまではな」


何を、言えば良かったのだろう。

別に珍しい人生とは思わない。在り来たりだ。

それで三武陣(トライアーツ)に師匠と呼ばせるのだから、凄いとも思う。

普通なのだ。彼の外見と同じく、普通。

そう、彼の語り口が過去を想うようなものだということも。

その人生とやらが、スズカゼ自身にも容易に想像付けられることも。

ーーー……否。

スズカゼが知る世界の、普通の人生だと言う事も。


「凛は、笑顔で逝ったのか」


呆然と、立ち尽くしていた。

彼の問いが、彼の言う凛という人物が誰なのか。

それを、知っていたから。


聖死の司書スレイデス・ライブリアン……、司書長ライブラーの……」


「そうだ。その通りだ。アレは俺の腹違いの妹だ。夏雨 凛(ナツメ リン)。そして俺は雪波 空(ユキバ ソラ)。……良い名前だろ? ホントは俺も親さえ違わなきゃ夏雨なんだがな」


鼓動が喚く。血流が呻く。

目を逸らし続けた、決意を先送りにした、結果。

来ると知っていた。来るだろうと、解っていた。

それでも、それでも。

自分が屠った少女の面影は、まだ、自分の隣に居ると言うのか。

後悔しなかった訳ではない。正しく言えば自分が殺したわけでもない。

然れど、彼女に刃を突き立てたのは事実。


「あ、貴方は……」


何から聞く。何を聞く。

自分と同じ存在だ。全てを打ち明けるか?

いや、駄目だ。自分は既にこの世界で立場を得ている。

彼もまた、三武陣(トライアーツ)の師匠、或いはこの村の人間としての立場がある。

最も良い選択肢は、恍けることだ。呆けることだ。何を言って居るのだ、と。

そう言えば、済む。


「何っ……」


違う。


「……ッ」


恍けて、何になる。

呆けて、何になる。

先送りだ。ここで恍ければ、呆ければ結果は同じ。

あの時と同じ、先送り。それで良いのか?

向き合うべきは、いつになる?


「…………貴方は、日本出身ですね?」


「横浜のな。戦時中だったが、まぁ、平和だったよ」


「第二次世界大戦……」


「その通り。終わったか?」


「疾うの昔に。……私が生きて居たのは、2013年です」


「ほう、そんなに」


しぃ、と。

歯間から息の抜けるような音。

彼はほうと繰り返す度に、その音を漏らす。


「聞かせてください、雪波さん。貴方はいったい、どうやって」


「それは俺にも解らん」


「……えぇと、でしたら、戻る方法は解りますか?」


「無駄だ。お前は一生戻れない」


しぃ、と。


「ど……、どういう事ですか」


「そのままの意味さ」


彼は全てを語らない。

全てを知っていても、語ることはない。

そして、全てを見ていて全てを聞かない。


「話は以上だ。日本が残ってるようで安心したぜ」


「ちょ、ちょっと待ってください! それだけ!? えっ!? これだけ!?」


「うん、そうだけど。別にお前以外の生存なんざ知りたくもねーし、ってか知ってるし」


「妹さんを殺したのは私なんですよ!? 貴方と同じ境遇なのは私だけなんですよ!? それなのに、えっ、これだけ!?」


「それなのにこれだけ。何だ? 小説や演劇みたく責めて欲しかったか? 笑って欲しかったか? 侮辱して欲しかったか? 知るか。俺は俺の知りたいことが知れただけで充分だ。俺は人間だ。登場人物じゃない。作家の采配通りに動く登場人物じゃぁない。俺は俺の動きたいように動く。知りたいように知り、言いたいようにいい、やりたいようにやる。俺は俺だ。用意された器でもないし用意された中身でも、全てを崇める愚者でもない。俺は、俺なんだよ」


しぃ、と。


「お前は何だ? 涼風 暮葉(スズカゼ クレハ)。お前は如何に動く?」


歯間から抜ける、空気。

その言葉と音に少女は何も返せなかった。

いや、或いは返すことも出来たかも知れない。

然れど、彼女にそれを言い放つ勇気はーーー……、意味は、無かった。



読んでいただきありがとうございました

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