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獣人の姫  作者: MTL2
名も無き村で
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琥珀は考える

「で、オクスの腕なんだがーーー……」


背を向けたまま、師匠はオクスに語りかける。

次に来るであろう単語は分かっていた。そして、それに対する返答も。

言わずもがな、いつものやり取り。


「ロケットパンチとか付けて」


「嫌です」


「いや、男の浪漫」


「私は女です」


「じゃぁ、せめてビームソードだけでも」


「あの光を圧縮して生成するとか言う剣ですか? 嫌です」


「過去最高作は付けたんだけどな……。んじゃ、そこまで言うなら、せめてフィンガーバーストは付けろよ」


「だから何ですか、それは。要りません。いつも通り最高強度と超過機動(エキシーム)に耐え得るだけの耐久性をですね……」


「いやぶっちゃけもう材料ねーんだよ。前にイケメン眼鏡野郎が来てな。如何にも貴公子って感じのいけ好かねー奴だったが、金は払ってくれたんで最高級の義手をくれてやった。んで、材料は使い果たしちまってよ」


「ま、まさか」


「記憶蘇生薬の材料集めて貰ってなんだが、もう一回行ってきてくれ。頑張れよ」


オクスは膝から崩れ落ち、クロセールは余りの面倒くささに眉間を抑え付ける。

そもそも、オクスの義手は非常に高価である。金銭面ではなく、材料がだ。

具体的には一組作るだけで数千万ルグ。材料を直接採取するならば一ヶ月は優に掛かる。

中にはクロセールやフーの魔法や魔術を持ってしても採取できない物もあり、初めて義手を作って貰った時は凄まじい事になってしまった。

以来、義手の制作は師匠のツテとギルドの仕事で得た金銭便りだった訳だが……。


「何ならお前、[獣人の姫]に手伝って貰えよ。どうせここまで来たのも無駄足だったんだ。あと少しぐらい旅行したって罰は当たらねぇだろ」


「嫌です」


「いやいや、かなり強いって聞いて」


「嫌です」


「何でそんな頑なに」


「嫌です」


「……師匠、オクスはここに来るまでに[獣人の姫]に襲われています」


「女だよな?」


「いえ、変態です」


「お、おぉう……」


何があったかは追求しない方が良いだろう。

オクスのこの世は全て腐っていると言い放つが如き瞳とクロセールの察しろという表情が全てを物語っているのだから。

どうやら女色家という噂は本当だったらしい。


「えーと、じゃぁ、何だ……。うん、そうだな。腕については面倒な材料だけ市場から卸しておくから残りは収集してこい。オクスには代理の簡易義手作るから」


「宜しくお願いします……」


「クロセール。[獣人の姫]を連れてここに連れてこい。話がしたい」


「彼女と、ですか? 何を話すのです?」


「別にお前等の質問に関することじゃねーよ。[懐かしい]話がしたいだけだ」


「面識が?」


「あるっちゃあるが、ないっちゃない」


はぐらかし。

何ともお粗末な、随分と適当なはぐらかし。

もう少し上手くはぐらかしてくれれば、オクスとクロセールとて追求出来ただろう。

若しくは口論に発展してまでも、彼の思惑を突き止められただろう。

しかしここまでお粗末では、適当では、その追求すらも馬鹿馬鹿しく思えてしまうのだ。


「……解りました。呼んできましょう」


「いやぁ、悪いね」


口端を軽く吊り上げて笑う、師匠。

クロセールは瞳に懐疑の色を含ませながらも多くを追求する事はなかった。

ただ彼に従ってオクスと共に部屋を出、表で意識を失ったフーを抱き抱えるスズカゼに声を掛ける。

その様子にオクスが怯え、フーが意識を取り戻して逃げ惑い、掃除を行うべくやってきたレンが逃亡し、シンが何やら満足そうに息をついていた。


「……この混沌にも慣れてきたな」


ーーー……人間が最も優れているのは慣れという感覚であり、最も恐れるべきなのは慣れという概念である、と。

やはりリドラ氏の書に書かれていた事は正しかったようだ。


「[獣人の姫]、師匠が呼んでいる。私達の仲間を離してやってくれ」


「ちょっとじゃれついてたら気絶しちゃったんですが……」


「貴様、最早[百合]とか[変態]とかではなく、それ以上の何かではないのか」


「否定はしません、はい」


スズカゼは満足そうに気絶したフーを抱き締めると、惜しそうにクロセールへと渡し、一度だけ背伸びして師匠の部屋へと入っていった。

何と言うことはない。まるで友人に呼ばれたかのような態度だ。

彼女に恐れだとか緊張だとか、そんな物はないのだろう。

いや、或いは知らないだけなのかも知れない。[師匠]という人間を。

全てを知りながらにして全てを話さず、全てを見ながらにして全てを聞かない。

そういう、人間だ。ただ、それだけの人間。

然れど、それが恐ろしい。それが悍ましい。

決して戦闘力に優れている訳ではない。だが、独特の完成された武術を使い、道徳の知識を用いるその様は、正しく別次元の[何か]だ。

一つ、線を引いている。我々より劣るが、それでも我々より高い位置に居る。

正しく[別次元]。想像も及ばぬ、領域。


「……貴様は彼を前にして何とする?」


問いが既に部屋へ入ったスズカゼに届くはずもない。

ただ、扉の向こうへの問い。扉に跳ね返って自分へ帰って来るだけの、問い。

彼がその問いに気付くのは、少女がその問いを受けるであろうその時は。

未だ、先。



読んでいただきありがとうございました

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