閑話[少女という火種の行き先は]
《王城・応接室》
「あぁ、バルド」
話し合いが終わり、先に部屋を出て行った男の後を追おうとしたバルドを呼び止めたのは、メタルだった。
何気ない様子で部屋を出て行こうとしていたバルドは、仮面のような笑みで何ですか、と返す。
振り返った彼の目に映ったのは、手首の腕輪を揺らすメタルの姿だった。
「お前に聞いてたやり方な、駄目だったわ」
「何故ですか? 貴方には合っていると思ったのですが」
「んー、悪くはなかった、悪くは」
彼はその手首を揺らすのを止め、何処か物思いに耽るようにその手を顎へと突く。
バルドは部屋を出る足取りを止め、そのまま踵を返してメタルの前へと腰掛けた。
「ただ、怒られちまってよ。武器は大切にしろ、って」
「怒られる? 貴方が?」
仮面のような笑みに少しだけ色が戻り、彼は本当の笑い声を零す。
メタルは彼のそんな反応にむっとしてあからさまに眉根を寄せた。
「……何がおかしい?」
「いえいえ。貴方もメイア女王も似たもの同士ですから。怒られる所なんて想像つかなくて」
「似てるか? 俺とメイアが?」
「えぇ、似てますとも。色々な所がね」
バルドの言葉の意味が理解出来ないメタルは訝しむように何度も首を捻る。
ぐるぐると思考を巡らせてはみる物の、どうにも答えは出そうにない。
メタルのそんな様子を見て、バルドは再びくすりと笑みを零した。
「俺は男で、アイツは女。俺の方が身長は高いし……」
「そういう意味ではないんですがねぇ……」
「じゃぁ、どういう意味だよ?」
「それは私の言う所ではありませんので」
彼の酷くサッパリした答えにこれ以上の追求は意味なしと思ったのか、机に頭を乗せて地鳴りのようなうなり声を漏らし始めた。
そろそろ彼をからかうのに飽き始めたバルドはそれでは、と再び踵を返して扉へと向かう。
「……霊魂化、か。素晴らしく馬鹿馬鹿しいな」
「それが本題ですか?」
「いや、世間話」
メタルは気怠そうに頭を上げて、彼へとその言葉を投げかける。
世間話ならば仕方ないですね、とバルドは再び腰を落ち着けた。
「あの男の言ってた事は真実だと思うか?」
「えぇ。理に適ってますし彼の能力は確かですからね」
「本気で?」
「間違いなく。彼の力はメイア女王すら信頼していますからね」
彼の言葉にメタルは深く、そしてさらに気怠そうに頭を下げる。
それこそ正に頭に数十キロの重りを付けたかのように、だ。
メタルの、机に頭を打ち付けた鈍々しい音を聞いてバルドは再び仮面のような笑みを戻した。
「……人間ですらなくなるのか」
彼は机に向かって、消え入りそうな声でそう呟いた。
メタルの儚げな、何処か悲しそうな声。
しかしバルドは彼のそんな声を聞いても表情を変える事は全くない。
それこそ正しく、仮面のように。
「我々の行うべき行動は暫くこれを隠し通す事です。他国には決して知られてはならない」
「……どうだかな」
「はい?」
「いンや、何でも」
バルドは彼が何を言ったのかよく聞き取れなかったため、再び聞き返しはした物の、メタルから返事が返ってくることはなかった。
当のメタルは彼の問いにも答えずに、机上に当たっては跳ね返ってくる自らの吐息を感じながら、楽しそうに口端を緩める。
その笑みはまるで、遠足を控えた子供のように、嬉々とした物だった。
【ベルルーク国】
《ベルルーク軍基地・将軍執務室》
「……ふむ」
その男は、無機質ながらも丈夫で上品そうな木机に肘を突いて、何かを思考するように息を零した。
燃え盛るような紅蓮の短髪と炎のような瞳が特徴的な、その男。
彼は手元に灼炎の体毛を持つ狼を座らせて、その頭を撫でた。
「獣人の姫、か」
彼は牙のような白歯を見せて笑み、狼の頭を撫でていた手に力を込める。
ぐしゃり、という音と共に狼はその場から霧散して消え失せた。
そう、潰されたのでも死んだのでもなく、消え失せたのだ。
「嗚呼、楽しくなってきた。嗚呼、何ともな」
彼の独白を耳にする者は居ない。
それは薄暗く、虚ろな部屋に響くだけだ。
それでも男は楽しそうに、待ち侘びたように。
その笑みを浮かべていた。
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