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獣人の姫  作者: MTL2
名も無き村で
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鍾乳洞と断崖と密林

「で、ホンホン草は解る。チャポップ虫も、まぁ、解る。……ゲボロゲボンて何ですねん」


「魚だが」


「そうですか、魚ですか」


スズカゼ達が辿り着いたのは、川だった。

ただし山に抉り込むようにして続く、川。

即ち鍾乳洞と同じ構造で成り立っている、川。


「潜れと」


「潜るのだ」


「入り口だけ覗いてるこの洞窟に」


「岩盤が下がって中に入れば呼吸する隙間すら無い洞窟にだ」


「死ねと」


「頑張るのだ。……と言いたい所だが流石に冗談だぞ、これは。私がこちらに来たのには理由がある」


クロセールは水面に指を突っ込み、静かに息を吐く。

魔力の集中だ。スズカゼは全身の産毛が彼へ吸い寄せられるかのような錯覚を覚え、そう判断した。

事実、彼女の判断通り、水面は次第に琥珀色に染まっていき、そのせせらぎと揺らぎを氷という壁の中に閉じ込めていく。

空を雲が泳ぐような速度で、それは染まっていった。


「……へぇ、成る程」


やがて、数分か、それより少し経ったぐらいか。

水面は完全に琥珀色に染まり、足で踏んでも何ら問題のない程にまで固まっていた。

氷による氷結。こうする事で水面でも掘進することが出来るのだろう。

嘗ての精霊竜・シルセスティアとの戦いでも、彼が居ればどれほど楽だったことか。


「では頼むぞ」


「よっしゃ、掘りますね」


魔炎の太刀を構えると共に、彼女の紅蓮の刃から焔が出現し、業火と共に琥珀を微かに湿らせる。

隣でクロセールが露骨なまでの不服を浮かべているのを見て、スズカゼは気合い入り過ぎましたという言葉と共に一端心を落ち着かせた。

やがて焔が消え去ったと共に、彼女は恐る恐る切っ先を琥珀の氷に突き立てて見る。


「……よし」


大丈夫、熱は無い。

しかし何故だろうか。先は焔を出すつもりなど全く無かったのに。

無意識のうちに、か? まるで吹き出す何かを抑え付けられないような、そんな感覚があった。

気絶している間に何かがあったのだろうか? だとしても何があったと言うのだ?

この、自分でも解るような感覚の[冴え]と湧き上がる[力]は、何なのだ?


「前にも、こんな事が……」


「どうした? [獣人の姫]」


「あ、いや、何でもないです。……何はともあれ、行きますか」


「そうだな。因みに中で氷を溶かされると死にかねないから気を付けるように」


「岩盤ブチ壊しは?」


「選択肢に圧死が加わるだけだ」


「……うぇーい」


切っ先を滑り込ませ、抉る。

小手先の作業だが、今のスズカゼからすれば力加減次第では洞窟すらも破壊出来そうな気がしていた。

いや、気ではない。事実そうなのだ。

然れど、少女はそれを試そうとは思わない。

今は[境界]は微かながらに、彼女の中で残って居るのだから。



【山岳地帯】


「……あの、オクスさん」


「何だ」


「斜面を垂直に歩くの止めて貰って良いッスか……」


「何故?」


シンの予定は以下の通りだった。

まずオクスには両腕がない。なので山の壁面を登らなければならない山岳地帯ともなれば、登ることにも苦労するだろう。

そこで自分が格好良く手を差し伸べて爽やかに補助フォローすれば、もしかして自分にも機会チャンスがあるのではないか、と。

しかし、実際はどうだ。

両腕のないオクスの方が壁面を登る速度が速い。

足の筋肉で岩盤を掴み、そのまま歩くようにして登って行っているのだから。


「俺の計画……」


「何をブツブツ言っている。早く来い。手を引こうか?」


「どうやってッスか……」


「こう、片足で立って片足で持ち上げるのだが」


「やだこの人男前……」


明らかに当初の計画から立場が逆転しているのだが、これはこれでと思っている辺り、シンが彼女の恋愛対象になる日は遠いだろう。

兎も角として二人はそんな調子のまま壁面を登り続け、やがて太陽の光を一身に受ける、特徴的な草の元まで辿り着いた。

何と言うか、名前通り本のような形の草だ。風に揺らぎ子葉が揺れる様子など、本のページが捲られるように見える。

奇っ怪なその様子に目を奪われながらも、二人は取り敢えずそれを採取することにした。


「引っこ抜きます?」


「いや、根っこが要るんじゃないのか? こういうのは」


「でも根っこは岩の中ッスよ」


「……どうしようか」


「どうしようかって……」


「…………」


「…………」


「……抜くか」


「えっ」



【荒野の森】


「無理でス」


「そう言わずにと思うのだが、どうだろう」


「いや、ホント無理でス」


「ちょっと密集してるぐらいだから助けて欲しいと思うのだが、どうだろう」


一方こちらは森林内で立ち止まるレンとフー。

何故この二人がここで、足下まで伸びた草々に覆い尽くされるような場所で留まっているかと言うと、だ。

まず始めにチャポップ虫という巨大なダンゴムシに羽が付いたようなそれを見つけたのはレンだった。

捕まえること事態に問題はない。飛んでいるとは言えその動きは鈍重なのだから。

そう、その大きさが成人男性の顔一つ分でなければ、何の問題も無かったのだ。

いや、その点すらフーが居るのだから問題では無かった。

彼女の鎌と魔術を持ってすれば触れずして連れ去ることが出来ただろう。

この辺りがチャポップ虫の群集巣でなければ。


「風の膜がそろそろヤバいと思うのだが、どうだろう」


「そのまま頑張って歩いてきてくださイ……」


「前が見えないと思うのだが、どうだろう。そのくせ風だからチャポップ虫の足とか裏側が見えてもうホント泣きそうなんだが、どうだろう」


「が、頑張ってくださいでス……」


その後、ペアウ村の師匠の家に氷付けの巨大魚と、草の数千倍近い大きさの岩石と、巨大な虫の群れが突っ込み、阿鼻叫喚となったのは言うまでもない。



読んでいただきありがとうございました

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