琥珀の憧れ
【ペアウ村】
《師匠の家》
「へぇ、ここが私の家なんですか。綺麗ですねぇ」
ほのぼのとした様子で室内に歩んでいく、ボサボサ髪の男。
しっかりと伸びた背筋や普遍的な身長、特に異変の無い衣服。
一言で言えば特徴がないなのだがーーー……、彼が三武陣の言う[師匠]である事に間違いはないようだ。
実際、この人物を覚えるともなれば数度会って会話して、と。
それぐらい繰り返さなければ覚えられないようなーーー……、と言うか、実際に覚えられていないのではないかと疑ってしまうほどの人物。
尤も、今は本人にそれを確認出来る状態ではないのだが。
「……もう一回、衝撃を与える」
「駄目だ。次は本当に弾け飛ぶかも知れん」
「医者に診て貰う」
「この村の医者は師匠だ」
「……証拠隠滅!」
「[獣人の姫]、取り敢えず貴様はそこから離れろ」
記憶を失った師匠と彼を部屋へ案内するオクスを横目に、スズカゼ、シン、レン、クロセール、フーの五名は相談を行っていた。
どうやって師匠の記憶を戻すかという相談ではあるのだが、まぁ、結果は見ての通りである。
「けど、本当にどうします? あの人の記憶が戻らないとオクスさんの腕も戻らないんでしょう?」
「雨沼が居てくれれば良かったのだがな。若しくはあの方か……。いや、有名人がこの村に来たとなれば騒ぎになるし、師匠も不機嫌になって引き籠もってしまうから駄目だ」
「前も言ってましたね、あの方って。誰なんです?」
「……いや」
「治す可能性があるなら聞かせてくださいよ。減るモンじゃあるまいし」
「仕方あるまい。そこまで言うのなら仕方あるまい!」
シンは見逃さなかった。
クロセールの、眼鏡に隠れた琥珀の瞳が太陽の光を反射するが如く輝くのを。
フーが、もう知らないと言わんばかりにその場から席を外したのを。
「リドラ・ハードマン氏は人体魔力学論魔術学論魔法学論お伽噺から見た歴史学論など様々な学術を修める程のお方であり知識量が凄まじく正しく現代の知識神とも言える程の能力を持ち本来のジョブである鑑定士としての力量に至ってはこの世に見抜けぬ物は無しと言われたほどの神域に至っておりサウズ王国において彼の四天災者[魔創]ことメイアウス女王にも気に入られ直近として使用され外部から訪れた人間にも関わらず子爵の地位と充分な研究費用や設備が与えられている上にその信頼性の高さから四大国条約が結ぶ際に別荘が使用されているというほど信頼されておりさらには見聞を広めるという理由でギルドに訪れられた事もあり三日間の講義が行われそれには私も三徹で参加して熱く議論を交わしたのだが彼の著書以上の知識を感じられた事がとても嬉しかったしあぁいや私が幼少の頃に手にした彼の著書を卑下する訳ではないが彼の素晴らしさはやはり私などでは足下にも及ばぬほどの知識と能力が備わっているのだなと思いさらには何の戦闘力も持たず一国を支える柱と成り得る彼の素晴らしさを理解したく私も戦力だけでなく学術を修めようと決心したのだが私には戦闘の方が向いていたらしく彼と学論を交わす火がやってこないのは残念であるがこうして戦闘能力を磨きいつか彼と相見える日を楽しみに毎日を過ごしているというわけで今は持っていないが普段から彼の著書を御守り代わりに懐に入れているしお伽噺から見る歴史学論などは最早私が子供を成せばお伽噺を聞かせるより遙かに有意義と確信している程の作品なのだ! だろう!?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あ、リドラさんて私」
「それ以上言わないでくださいスズカゼさン!!」
「よぉし頑張って記憶を戻す術を探ろうそうしよう!!」
「さらにだな!!」
「言わなくていいからァ!!」
「賑やかな人達ですねぇ」
「師匠、アレは馬鹿というのです」
「……で、だ」
冷静を取り直したクロセールは眼鏡を拭きながら、琥珀の瞳を細め流す。
彼を止めることにより体力を使い果たした他の面々はもうこれ以上何をするのかと気が気でないが、それを言わせない体力も無い状態だった。
「先のリドラ氏語りで思い出したが、確か記憶喪失について述べた一冊があったはずだ。師匠も持っていたはずだぞ」
「あ、一応無駄では無かったんですね……」
「つーか、それ何処ッスか? 整理はされてるけど壁の本棚には本が大滝が如く収められてますけど」
「一冊一冊見る気力は無いですネ……」
「私の風で全て舞い上がらせて見ようと思うのだが、どうだろう?」
「片付けるという観点から物を見て同じことが言えるならお前は天才だな」
者共が論議する中、記憶を失った師匠は何やら無邪気な様子で本棚を眺めていた。
オクスが何をしているのですかと問うと、彼は本棚の一番上にある本を指差す。
[人体に置ける記憶の本質]という、リドラが著した本を。
「……アレではないか?」
「そうだアレだ! 良くやった、オクス」
「いや、私ではなく師匠がな……。どれ」
オクスは脚撃を本棚に蹴り放ち、衝撃を持って端の数冊と共に目当ての一冊を落とす。
それ以外の本も多少は揺れたがその場にキッチリ収まっており、結局、落ちてきたのは狙いの本とその左右の本だけだった。
皆々が唖然としながらその光景に言葉を失ったのは言うまでもない。
「……凄ぇ」
「脚撃の衝撃を一点に集中させるのだ。空中跳躍を行ったシンなら出来るのではないか?」
「え? マジッスか? やってみよう!」
その結果がどうなったのかなど、最早、明白だろう。
雪崩ならぬ本崩に埋もれた師匠を掘り起こし、本を戻すまでに数時間を要した上、彼等の体力が底を突いたのは当然の摂理である。
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