獣車は急には止まれない
【ペアウ村】
《村の入口》
「……ペアウ村?」
「そう、ペアウ村」
「言いにくくないですか?」
「案ずるな。大抵の者は村とかウチとか言うから」
獣車から降りた彼女達は、看板が無ければ村の入り口なのか荒野の途中なのかも解らないような場所に立っていた。
遠目に見ればちらほらと民家も見えるのだがーーー……、民家と言うよりはむしろ廃墟である。
まぁ、近くには小川や小森、畑もあるし、生活を行うという意味では長閑な村と言えなくもない。
裏を返せば廃れているとしか言えないのだが、それは置いておこう。
「ここに、その[師匠]という人物が?」
「あぁ、そうだ。オクスの腕を治してくれるし、[獣人の姫]についても何らかの見解を示してくれるだろう」
「見解、ねぇ」
「出来ればあの方が良かったのだが……、いや、何も言うまい」
「あの方?」
スズカゼが問うも、クロセールは軽く首を振って質問を拒絶する。
彼の言う[あの方]が誰かは解らないが、まぁ、そこまで深く追求することもあるまい。
何はともあれ、だ。ここに自分への見解を示してくれる人物が居ると言う事実。
何処をどう見解するのか知らないが、会って損はないはずだ。
「……その[師匠]ってのは、どんな人なんです?」
「変態」
「変人」
「変質」
「散々じゃねーか……」
まぁ、今までそんな人とよく会って来たし、特に問題はあるまい。
会って早々爆発とか、会って早々吹っ飛ぶとか変態だったとか。
……いつもの事ではないだろうか。
「オクスさんの腕も治すんですよね?」
「貴様のせいで精神も治療して貰う事になりそうだがな。俯いたまま何も喋らないんだぞ」
「……アレは現実か」
「貴様の存在が夢ならば何と有り難い事だろうかな」
彼等は言葉を交わしながらも、廃墟に近い村へ視線を向ける。
然れど、その足は向けない。未だ歩き出すことはない。
と言うのも、だ。今、ここには四つの人影しかなく、残り二つの人影を待っているからである。
正式には一人の青年と、一人の獣人の行商人を。
「しっかし、シン君は解るけど何でレンさんまで? あの人はこっちまで運んで貰うだけじゃ?」
「いや、こちらで行商を行いたいらしい。本来は我々を運んで終わりだったのだが、この村の余りに閑散さに、普段は売れない物でも珍しさで売れるのではないかと目を付けたのだろう」
「お、おぉう……。流石は商売人」
「事実、この村では未だに物々交換が主流だからな。我々が硬貨を持ち込んだ時など、翌日は子供達の遊び道具になっていた」
「パネぇ田舎。私の故郷でも物々交換なんて滅多にないのに……」
「……サウズ王国には物々交換の制度があるのか?」
「サウズってか四国ですけれども。……まぁ、そこは置いといてください」
首を捻るクロセールに一人頷くスズカゼ。
先と正反対の状況になった今、混沌を正すが如く元気な青年と少女の声が彼等の周りに響き渡る。
獣車とその前面を奔り抜ける、青年と少女の叫び声が。
「何あの状況」
「……大方、[剣修羅]があの獣人を口説こうとしたのだろう。ギルドでもあの者の女好きは有名な話だ」
「私も口説かれたなぁ」
「そうか。奴が自殺志願者だったと噂を流しておくとしよう」
間もなく彼等の元に辿り着いたシンは安心しきってか、背後を振り返る。
それと同時に跳ね飛ばされたのは言うまでもない事だが、そのまま道行く村人に衝突するとは誰か考えただろう。
具体的には頭部から衝突するとは、いったい、誰が。
「クロセールさん、フーさん。穴を掘りましょう」
「待て、証拠隠滅に奔るな」
「速攻でその考えが浮かぶ辺り、かなり恐ろしいと思うのだが、どうだろう?」
「いやもう、大丈夫ですよ。こんな小さい村やしいけるいける」
「……これ、私も共犯ですカ?」
「むしろ主犯ですよ」
三武陣の二名とスズカゼ、殺人犯が何処に穴を掘って誰が口裏を合わせるかという恐ろしい会話を行っている、その時。
村人はシンと激突した頭部を抑えながら、ゆるりと立ち上がった。
ゆるりと立ち上がって、両腕を無くした獣人の女性へと歩み寄っていく。
そして絶望に打ち拉がれるオクスの前に座り、ぽつんと、一言。
「……私は、誰ですか?」
或いは、その言葉だけならば、何も起こらなかったかもしれない。
スズカゼはその村人が、その男が生きていた事に安堵したかも知れない。
レンはどうやって事態を収拾させようか、謝るだけではなく記憶が戻るまでの補助もした方が良いだろう、とか考えていたかも知れない。
次の、一言さえなければ。
「……何を言っているのですか、師匠」
茫然自失な獣人の言葉に村人は首を捻り、首を傾げる師匠にオクスは眉を顰める。
スズカゼは文字通り凍り付き、レンは取り敢えず逃亡手段を用意しようかと乗ってきた獣車を眺め上げる。
クロセールとフーはその人物が誰なのかに気付き、思わず気絶してしまいそうな程の目眩に襲われた。
まぁ、要するに。
やがて、数十分後に目を覚ますであろう青年がどんな光景を目にしたのかーーー……、と。
そういう話である。
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