琥珀が吐く言葉
「はァん? ってこたぁ、アレか? あの化け物は戦って満足して帰った、と」
「そうだ」
「俺が超特急で雨沼を連れてきたのは無駄だった、と」
「ミズチには悪いと思っている」
「……走り損?」
「だな」
全身に包帯を巻き、治療を受ける三武陣の面々。
彼等に回復魔法を掛けるのはギルド主力が一パーティーである、雨沼ことミズチなる女性だった。
傍目に見ても、かなり暗い雰囲気を纏った彼女はオクスの腕を心配しながらも回復魔法をかけ続けている。
して、そんな彼女達から少し離れている所で現状説明を行っているのはクロセールだ。
彼は息を切らす[韋駄天]に現状を説明し終わり、悔いの叫びを上げられた所である。
「何だよぉ、もっとゆっくり来りゃ良かったぜ……」
「それでは[剣修羅]の身体が持たないだろう。むしろ、よく雨沼を連れて来てくれたものだ」
「……持たない、ね。俺が見た限り無傷に見えたんだけどな」
「気のせいだろう?」
平然と、シラを切る。
無論、気のせいなはずが無い。実際、治療に当たったミズチでさえ困惑したほどだ。
まぁ、その困惑もクロセールとフーによる無言の圧力によって黙殺されたのだが。
流石に[韋駄天]もそこまで平然とシラを切られては追求など出来ない。
何があったかは解らないし、知る必要もないからだ。
「あー、気のせいね、気のせい」
「そうだ、気のせいだ」
「ま、どうでも良いけどさ。……オクスの腕、どうすんの?」
「奴の腕はまた[師匠]とやらが作り直すさ。変人だから我々も会ったことは少ないがな」
「あー、あのザッハー・クォータンの腕も作ったっつー人ね。噂は聞くけど実際に見た奴は少ないんだよなぁ」
「……そうだな。それに、どうせだからスズカゼ・クレハ嬢も連れて行くか。彼女については今回の一件もあるから検査含め連れて行っても問題はあるまい」
「いやいやいや、大アリだっつーの。サウズ王国伯爵よ? やろうと思えば国を動かせるような人員よ? 大国の有名な姫君よ?」
「何を言う。見ろ、[獣人の姫]を! あんなに傷だらけで放って置いては死んでしまうではないか! 急ぎ、治療が出来る凄腕の医者の所へ連れて行かねばならん! 事後報告になっても仕方ない! これはギルドの信用問題に繋がるし、我々三武陣の責任問題だ」
「……建前って便利だね」
「時として建前は本音として受け取られる。……そもそも護衛の一人も付けず、こうして[剣修羅]に付き従って来ているぐらいだ。勝手な行動をしていると本国に連絡は入っているのではないか」
「ん、あー、そうだな。俺に依頼した美人メイドさんは既に本国に帰り始めてるはずだぜ。流石にまだ着いちゃいないだろうが」
「まだ時間はある、か。……それで[韋駄天]、貴様、ギルドに今回の一件を報告したか?」
「いや、急ぎだからまだだけど?」
「そうか。では、何故」
韋駄天の背後に立っていたのは、女性だった。
顔を黒衣で覆い隠し、何処か独特な雰囲気を纏う、女性。
何処かから走ってきた訳でも飛んできた訳でもない。ただ、その場に突如として出現したのである。
「ヌエが居る」
「……責任者として、ここが襲撃を受けたという話を耳にしただけの事です」
「ここの生き残りは[剣修羅]だけだろう。そして、その[剣修羅]もそこで寝ている」
「私はギルド統括長補佐であると同時に諜報部隊隊長でもあります。世界中で起きたギルドに関する異変は全て私の耳に入る」
「……そう言えば雨沼のミズチも諜報部隊だったな。戦闘力のない、回復魔法主体の奴だからこそ情報力には長けている。そういう事か?」
「彼女は関係ありませんよ。嘗てここを受け持った私と彼女が再び訪れるのは、単なる奇異な縁です」
「奇異な縁、か」
「えぇ、その通り。……して、[三武陣]所属の面々にギルド用法部隊隊長として問います。ここで何を見ましたか? 何が、ありましたか?」
韋駄天は微かに指先を震わせるも、全てを知った事ではないと言わんばかりにそっぽを向いたまま我存ぜぬを貫き通す。
先程、クロセールがシラを切ったのには何らかの意味があるはず。
何も自分が態々それを指摘する理由はないし、第一したらしたで後が怖い。
「スズカゼ・クレハが暴走していて、それを止めただけのこと。……かなり性急な一件だったのでな。報告が遅れたのは悪く思っている」
「どういう風に暴走を?」
「さぁ、よく解らん。我々は[何も見ず、何も聞かず]倒したのでな。……とは言え、奴の初撃に巻き込まれてこの有様だ。オクスの両腕はそれを防いで壊れるし、私とフーも余波を受けて負傷した。他の倒壊は暴走した奴が、だ」
「貴方達が倒したのですか」
「我々が来る前に[剣修羅]が奮闘していてな。まぁ、ある程度は被害を与えていたらしい」
「…………」
「……どうした? 何なら暴走した時に見えた[獣人の姫]の下着の色でも言おうか」
「彼女はズボンでしょう。……解りました、ご苦労様です」
「報酬はギルドから出るのだろうな?」
「無論。今回の一件については事後処理含め我々が全て行っておきます。この国での始末も、サウズ王国への報告も」
「それは有り難い。では、我々は傷を癒やし次第、日常に戻るとしよう」
ヌエは黒衣の下で微かに瞳を細めた後、踵を返してその場から過ぎ去っていった。
やがて彼女の姿が影に消えたとき、[韋駄天]はクロセールにしか聞こえないような小声で囁き掛ける。
「お前、凄いな」
「……正直、下着の色云々は無かったと思っている」
「お、おう……」
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