その輝きは
「……[剣修羅]はどうだ、クロセール」
「今、手当をしている。だが……、私の氷も所詮は一時的な止血に過ぎない。放っておけばこの小僧は死ぬぞ」
「近くに国は無いし、手当てできるような場所もないと思うんだが、どうだろう?」
「知っている、そんな事は」
オクス、クロセール、フー。
三武陣の三人はシンを囲んで陰鬱な表情で言葉を交わし合っていた。
シンの状態について話し合っているとは言え、実際は彼女等も決して無事とは言えない状態だ。
オクスに至っては義手とは言え両腕がない。今、平然としていることすら端から見れば異常な状態である。
「……しかし、恐ろしい化け物だった。最後の一撃が決まらなければどうなっていた事か」
「決まってしまった、とも言えるがな。……スズカゼ殿を救えなかったのは我々の落ち度だ」
「仕方ない。あの様子では助かっても無事では済まなかったと思うのだが、どうだろう?」
「フーの言う通りだな。オクス、お前も見たろう? あの姿を。あんな状態では元に戻ったとしても、精神的にも肉体的にも影響を残しかねない。洗脳や催眠が禁術とされている所以だ」
「誰が禁術など……! くそッ!!」
「……兎も角、我々が出来るのは韋駄天を待つ事だと思うのだが、どうだろう? 雨沼なら回復も心得ているはずだと思うのだが、どうだろう?」
「賛成だ」
「……私も、賛成する」
クロセールの視線は左右を泳ぎ、やがて瞼の裏に隠される。
フーはこの事態を一件として捉えているようだ。大した問題はないだろう。
だが、オクスは違う。どうやらスズカゼ・クレハーーー……、[獣人の姫]とは面識があったらしい。
知り合いがあんな化け物に成り果てていたのだ。陰鬱になるのも、無理はない。
だが、戦闘時にそれを表へ出さなかったのは僥倖だった。少なくとも精神的不備を抱えて勝てる相手などではーーー……。
{何だ、死にそうなのか? その小僧は}
皆の背筋が凍り付き、臓腑は握り潰される。
肺胞から酸素が全て絞り出され、脳は身体全てへ命令を下した。
もう、駄目だ、と。
「……何故。何故、生きている?」
{良い一撃だった。嗚呼、素晴らしく美しい一撃だった。そこの、琥珀の眼をした男と妙な喋り方をする女の動作に始まり、義手の獣と小僧による一撃。四位一体の攻撃は我が肌を焦がしたぞ}
嗤っていた、否、微笑んでいた。
慈悲深く、愛する者を見守るように。
化け物は、微笑んでいた。
{さて、怏々に我は現世を謳歌できたが……、そうだな。この小僧は曲りにも也も我を楽しませてくれた。それの応えが死では、浮かばれまい}
「何をッ……!!」
{案ずるな。貴様等にとって死とは悪なのだろう? 何も我とて、そんな意地の悪い事はせぬ}
化け物はシンの額に手を当て、静かに息をつく。
オクスもフーもその様子を異常なまでに警戒しているようだが、邪魔は出来ない。
もし、今の状態で攻撃など仕掛けられたら抗う暇もなく殺されるに決まっているからだ。
少なくとも、あの場で放てた最高の一撃を、こうしてほぼ無傷で存在されているのだから。
{永らく……、あぁ、永らく触れていなかった輝きだ。懐かしい}
懐古の思いに身を馳せるが如く、化け物は深く、重く呟いた。
皆はその様子をただ見続けることしか出来ない。
それでも、何故か、彼等の心には一抹の安堵があった。
化け物から殺気を感じられないから、ではない。
何故か、その化け物から温かいものを感じたからである。
「……これが、貴様の言っていた[輝き]か?」
クロセールの瞳が反射していたのは、輝きだった。
そう、輝きだ。何色をも持たぬ、純粋な輝き。
見る者の瞳を奪い、心を連れ去ってしまうようなーーー……、美しく、何処か尊い輝き。
「何とも美しいと思うのだが、どうだろう」
「……確かに、これは」
「触れるなよ、二人とも。絶対にこの輝きには触れるな。俺達が触って良いものじゃない」
{中々聡明だな、琥珀の。確かにこの輝きに触れられる存在は数少ない。況して、貴様等のような者共は決して触れてはならない}
輝きは一度、強く光ったと思うと、そのまま静かにシンの身体へと沈んでいった。
幻想的なその光景に目を奪われていたオクスとフーは、全て終わったと言わんばかりに立ち上がる化け物の動作によって意識を取り戻す。
何をしたのか、何があったのか。
そんな事を問おうとしたが、それはシンの安らかな寝息によって解決する。
「治癒、などという次元ではないな。これは最早、蘇生だ」
{さて、それを知るにはまだ早かろう? 今貴様等がすべきなのは、ここで起こったことを忘れる事だ}
「……そうだな、あぁ、そうだ。オクス、フー。今起こったことを速やかに脳細胞ごと抹消しろ」
「む、無茶を言うな」
「と言うか物理的に不可能だと思うんだが、どうだろう」
「だろうな。……化け物よ、願わくばその小娘の身体を返していただきたい。[剣修羅]のことについては礼を言うつもりはないが、小娘の身体を返していただけるのであれば、頭は下げる」
{……もう少し、世を謳歌したいのだがな。良い人と獣に会えた礼としておこう。次会う時は平穏ではなく、人々の輝きの中で会いたいものだ}
化け物は踵を返すと三武陣に背を向け、一度だけ静かに息を吐く。
ため息などではなく、美しき世に別れを告げるが如く。
{では、な}
少女は膝から崩れ落ち、瓦礫の上に頭を落とし込んだ。
その場から重圧が消えた事は、彼女等の強張っていた身体が和らいだことは言うまでもない。
やがて、そう。
日が傾きだした頃には、もう。
世界最速を名乗る男が土煙を上げるだろうーーー……。
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