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獣人の姫  作者: MTL2
滅国を覆うもの
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雛は殻を破りて


{ふむ、良いものだ}


氷の柱が爆ぜ飛び、欠片が飛散する。

豪炎の繭より出でた雛は、否、化け物は。

白と紅の入り交じった衣を身に纏い、白焔を纏いて槍に近くなった武器を手に。

常人を殺すに容易い氷を平然と破壊し、廃墟に立つ。


「……形状が変わっているな」


「いや、形状が変わっていると言うよりは戻ったと言うべきかも知れない。見ろ、あの小娘の構えを。何とも自然だ」


「成る程? つまり奴は元々槍の使い手だったのか」


「それは違うと言いたいのだが、どうだろう」


オクスとクロセールの隣に現れる、フー。

彼女は巨大な鎌を背中で鳴らしながら、平然とした足取りでその場に降り立った。

白銀の義手を煌めかせるオクス、そして日を反射させる眼鏡で彼女を睨むクロセール。

始めに口を開いたのは、眼鏡の位置を直したクロセールの方だった。


「どういう事だ」


「[剣修羅]が言うには、どうやら洗脳か催眠を受けているらしい。故に彼女は傷付けず時間を稼ぎ、[韋駄天]と[雨沼(アマメ)]の到着を待つべきだと思うのだが、どうだろう」


「……ふむ、一理ある。確かにスズカゼ殿が狂ってしまったのであれば話は別だが、操られているのでは傷付けるのが気が進まないな」


「お前は奴と顔見知りだったな、オクス。だが考えて見ろ。私達が奴相手に手加減して生き残れるか?」


全員の視線が、衣より氷を叩き落とす[それ]に向けられる。

平然と立ち、まるで世界を初めて見る小鳥の雛のように瞳を輝かせる、化け物。

ただ立っているだけだと言うのに、彼等の脳裏には常に[死]の文字が浮かび上がる。

それ程なのだ。それ程までに、恐ろしいのだ。


「無理と思うのだが、どうだろう」


「同意だ。しかし、クロセール。アレを殺しては」


「オクス、お前は勘違いをしている。殺す殺さないじゃない。殺される殺されない、だ。……兎は私達という事を忘れるな」


刹那、彼等の視界は黒に覆われる。

否、彼等を照らすべき太陽が白き衣と白き刃によって覆い隠されたのだ。

オクス、クロセール、フーはその場から即座に散開、[それ]が刃を振り下ろし廃墟を破壊する頃にはもう、取り囲む形を作っていた。


〔悍ましき世界よ! 時を止めて美しき姿を形作れ!! 嗚呼、悲しきや、それは不変の理である!!〕


[超過機動(エキシーム)]!!」


〔応えよ、風。応えよ、鎌。貴様のみに纏うは刃。不可視は不過死となりて、その命を抉り喰らう。何人もこの刃見えること無し〕


化け物が廃墟の上で体勢を立て直し、瓦礫より白き槍を引き抜いた、その時。

純白の氷塊が、白銀の義手が、不可視の鎌が。

存在全てを消し去らんが如き猛攻と共に。反応を許すはずもない速度で、迫る。


{良い、良いぞ」


[それ]が返すは、笑み。

歪み裂けんがばかりの頬で、嗤う。

卵から孵り、空を退けた雛は嗤っていた。迫り来る雹も衝撃も嵐も、全ては彼の羽毛を撫でる微風でしかない。

三者一対の、一国に大穴を開けかねない、その攻撃でさえも。


{少し本気を出そうか}


白槍は、天を突く。

衣は、白に染まる。

雛は、翼を広げる。

全てを破壊し、全てを生み出さんが如き、翼を。


矛盾せし始祖の法則アンリミテッド・アンチルール


氷は溶け、豪腕は弾かれ、風は無に帰す。

ただ、それだけ。

全てが[そうあれかし]と。火が消えるように、鉄は錆び、人が死ぬように。

[そうあれかし]と願い、叶えられるだけの、原理。


「……退け、オクス。この相手には勝てん」


ただ冷静に、クロセールはそう言い放った。

化け物から数十メートルほど離れた仲間に、言い放った。

至極当然の原理だろう。自分達の全力の一撃が止められたのだ。いとも容易く、当然の様に。

奥の手はある。使う事も吝かではない。

ただ、無駄なだけだ。


「駄目だ。退けない」


「自殺志願者に付き合うつもりはないぞ」


「兎は兎なりに抗う他あるまい。彼女にはギルドでの一件でも借りがある。それを返さず見逃すなど、我が騎士道精神が許さぬのだ」


「……フー」


「操られし少女を見捨てて逃げ延びるのは恥だな。私はオクスに賛成だと思うのだが、どうだろう」


「……私が知るか」


クロセールは思考する。

奴に勝利するのは不可能でも、相手取るのは不可能では無い。

見た所、どうやら現世に存在出来ることを喜んでいるようだ。

こうした状態に陥る症例を聞いた事があるーーー……。それは、[天霊召喚]。

妖精や精霊の最上位であり、明確な意思と超越した力を持つ天霊は現世に召喚された時、その奇異たる光景に心奪われ召喚解除を否定することがあるらしい。

尤も、そもそも天霊を召喚出来るのが極々限られた存在であり、それを操れる者しか居ないので滅多に否定を認める事はないのだがーーー……、極稀に[至ってしまった者]はそれを起こすのだ。

要するに、元は人間だと言うのだからどういう手段かを持ってあの少女は天霊の意識を映されたか、それとも憑依されたかという状態名訳だ。

現に奴は未だこの現世を欲している。その点に付け入れば、或いは。


「異形なる者よ、少し提案が」


{貴様等は良いな。それぞれが異なると言うのに、その力と志は揃っている。まるで嘗ての三賢者を見ているようだ。嗚呼、この様な相手と戦えるとは何と幸あることか}


「提案が」


{もっと我を楽しませてくれ、人よ、或いは獣よ。我は今、至極幸せだ}


「提案が……」


「クロセール。何かもう見てて悲しいんだが、どうだろう」


「諦めるべきだな」


「……やるしかないか」



読んでいただきありがとうございました

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