義手と氷結と鎌と
「な、何で三武陣の皆さんが……」
シンは驚愕の余り目を見開き、顎を落としていた。
ギルドの中でも主戦力に数えられるパーティー、三武陣。
嘗ての権力争いの中でも統括長派の主力として言われており、その実力に間違いはない。
そして今、シンの眼前に立つ牛の獣人、オクス・バーム。
彼女はサウズ平原に出来た湖で、対[精霊竜・シルセスティア]でも彼女は大いに活躍した。
その実力は、折り紙付きである。
「俺のお陰さ。感謝しろよ? [剣修羅]」
いつの間にかシンの背後に立っていた一人の男。
彼の足下には白煙が出来ており、摩擦によって地面は焦げている。
相当な、それこそ常識外れの速度で移動したのだろう。
「アンタ、[韋駄天]か」
「世界最速の情報屋様だぜ。仕事帰りに美人なメイドさんと会った時は運命を感じたよ」
「……有り難ぇな」
シンがそう言い終えた頃には、もう。
彼と[韋駄天]なる男は既に、その廃墟から姿を消していた。
{中々、良い速度で奔る男だ。アレも貴様が言う三武陣なるものの仲間か?}
「否、そうではない。……が、お前には関係の無いことだ。我々の仲間に手を出すという意味を、教えてやる」
{フフ、望んでもない事だ。楽しもうではないか}
微笑み、睨み、嗤い。
紅蓮の刃と白銀の義手が激突し、轟音と火花を撒き散らす。
周囲の瓦礫が弾け飛び、脆き廃墟は亀裂を増していく。
拳撃一発、剣撃一発、然れどその威力は一線を超す。
{良いものだ}
白銀の義手が、その身を覆う豪煙を吹き上げ、二撃目を充填する。
だが[それ]は隙を待つほど、阿呆ではない。
オクスが二撃目を充填している隙に繰り出される脚撃。
それは彼女の臓腑を貫かんが如き一撃であったが、左手の義手がそれを制す。
逸らすなどという技ではない。真正面から、受けたのだ。
「……ほんの微かな間に変わってしまったな」
{変わった? 嗚呼、この[器]の話かね? さて、知り得ぬがーーー……、まぁ、変わったと言えば変わったのやも知れん}
足を振り払い、オクスはその場から離脱する。
何が起こり得るのかを[それ]は理解していたがーーー……、回避はしない。するつもりもない。
ただ、去りゆく女の背を見て、静かに、呟いた。
{この小娘は、よく馴染むのだがね}
刹那、[それ]は幾千数多の刃に呑み込まれる。
ただの銀や鉄の刃ではない。氷の、刃だ。
「……やったか、クロセール」
「駄目だな。見ろ、私の氷の中で焔の繭が出来ている」
銀髪の短髪を纏め、猫のような琥珀色の瞳を双対の鏡で隠した一人の男。
彼は忌々しそうにその瞳を細め、毒を吐く。
私の切り札の一つを容易く防ぐか、化け物めーーー……、と。
「クロセールの氷結の時を防ぐとはな。人間かどうかも怪しいと思うんだが、どうだろう」
「俺にそれを聞くかよ、フー・ルーカス。三武陣相手に一人で戦える時点で人間じゃねーだろ」
「あぁ、私もそう思うのだが、どうだろう」
「まずお前はその口癖直せよ」
呆れた様子で吐息をつく韋駄天と、その隣で腕を組む女性。
彼女は背に巨大な鎌を背負いながらも腰を曲げることもなければ背を曲げることもなく、平然と立っている。
毒々しい色の鎌は太陽の光を反射するが如く、悠然とその姿を現していた。
「さ、三武陣が揃い踏みッスか……。[白黒の騎士]オクス・バーム、[琥珀の氷]クローセル・コーハ、[見えざる鎌]フー・ルーカス……」
「私はその名前が好きではない。一人だけダサいと思うのだが、どうだろう」
「大抵合ってるから良いんじゃねーの?」
「そ、そこじゃなくて! 何で主戦力の皆さんが、こんな辺境の地に……」
「ギルドの領分に踏み込んだんだ。それも依頼主の……、あー、連絡してくれた美人の話じゃ、相手は相当の手練れなんだろ? だからこうして主戦力達を連れてきた訳なんだが……、先刻のは[獣人の姫]じゃないか。何でお前の協力者が敵になってんだ?」
「わ、解らないッス。けど、アレは彼女じゃない。洗脳か催眠か、彼女は今別の人格に取り込まれてるッスよ」
「つまりメッチャ面倒な状況って事か。……三武陣、アレ相手に、どれだけ保てる?」
「良くて一時間が限界だと思うんだが、どうだろう」
「上等。俺がギルドまでひとっ走り行って[雨沼]を連れてくる。それまで持ちこたえれるだろ?」
「大丈夫なはずだと思うんだが、どうだろう」
「口癖のせいでどっちか解んねーよ。……何はともあれ[剣修羅]、お前は大人しくしてろよ? 後は三武陣に任せるんだ」
「け、けど、スズカゼさんが!」
「お前が行っても足手纏いだろーが。見ろ、[獣人の姫]を。アレはもう、三武陣でも生きるか死ぬかの領域だぜ」
否定は出来なかった。
三武陣の実力は知っている。
ギルドの中でも指折りであり、本気を出せば一国相手に戦えるような人々だ。
それが生死を賭けるような相手となればーーー……、自分が足手纏いだというのも、必然だろう。
「後は任せるが良い、青年。我々も三武陣の名にかけてあの小娘を止めて見せようと思うんだが、どうだろう」
「あ、はい……、良いんじゃないッスかね……」
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