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獣人の姫  作者: MTL2
滅国を覆うもの
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必然であり偶然であり必然


偶然でなければ、必然でもない。

それは賽の目が連続するかのような偶然。

或いは、世界の輪廻が確定されるような必然。

シーシャ国という[その国]に居たが故に、その国で死したが故に。

そして、偶然にも。

彼女と男が戦っていたのが、地下の大空洞であったが故に。

そして、必然にも。

彼女の殺したのがこの国の血を引く男であり。

そして、偶然に必然にも。

彼女の武器にはその欠片があったが故に、彼女がそれの欠片であったが故に。


「……あ?」


男魔法によって、血管に伝う血より全身を破壊された少女。

否、破壊など生やさしい物ではない。微塵切りよりさらに細かく、霧散させる程の一撃。

それですら。

空中に漂うほど細かなそれですら、必然であり偶然。

空中に漂う魔力と同質と成り得る、必然であり偶然。


「お前、何で……」


少女は刃を握り、紅蓮の衣を纏っていた。

つい先刻、男によって霧散したはずの、その少女は。

先と変わらぬ姿で、立っていた。


「俺と同族だってのか……? いや、そんなはずはねぇ。もう残り得るのは数人のはずだ。いや、そもそも霧散するほど破壊されたのであれば同族であれども意味はない」


ならば奴は何だ、と。

全身が霧散しても生き返ったあの小娘は、何なのだ、と。

人間ではない。獣人でもない。精霊であるはずもない。

ならば、何だ。ならば、何であるというのだ。


「……お前は何だ?」


{我が何であるかなど、些細な問題だ}


その声は小娘のそれではない。

事実、男の全身は恐怖に泡立った。


{久しいな、現世ウツツノヨは。何とも懐かしく、悍ましい}


一歩。

それだけで、男は数十歩後方へと飛び下がる。

誤魔化しはしない。恐怖を持って怯えたのだ、それに。

ただそれだけで、その者の恐ろしさが毛先一本に到るまで伝わってくる。

この存在には抗えない。勝てるはずが、ない。


{どうした、人間。この小娘のイレモノがそんなに恐ろしいか}


「……あ、アンタは何だ? その小娘の体を使っているのか?」


{如何にも。この国の血を引く貴様であれば、解るのだろう?}


「解りたくもないぜ、こんな事は……!」


弱者たり得れば、と。

この時ほど願ったことはない。

その者の存在を知って、否、知れてしまう力が。

これほど恐ろしいと思った事は、今までない。


{ふむ……、輝きは六つ。その中でも貴様は最も強いな。良い輝きだ}


「何を……」


{おや、一つ減ったな。貴様等とは違う、魔を持たぬ者の輝きが消したようだ}


「ッ……!」


自分の部下は皆、魔術か魔法を使用できる。

[これ]が言う魔を持たぬ者はつまり、あの小僧だろう。

自分が逃がしたであろう、この小娘と共に来ていたあの小僧。


「……アンタは、どうするつもりだ。その小娘の体を使って」


{どうだかな。我も久しく現れた故、何をして良いか見当も付かぬ}


「じゃぁ、大人しくしててくれねーかな……。アンタみたいなのに動かれると面倒だ」


四天災者に匹敵する脅威を持つアンタは、と。

男はそれをどうにか喉の奥へと押し込んだ。

今すべきは逃亡だ。間違いなく、狂いなく、それしかない。

こんな[もの]を相手にしては命が幾つあっても足りない。

先の小娘とは比べものにならない程の力を持つ、これを相手にしては。


{ならぬ。久方振りの現世ウツツノヨだ。少しばかり楽しみたい}


「……何で楽しむの?」


{体を動かすのも、良いだろう?}


「あ、これ駄目なヤツだ」


軽口を叩きながらも、男の掌には既に魔力が極限まで収束されていた。

結界を張るしかない。極限まで圧縮し、極限まで昇華させた結界を。

二重や三重では足りない。少なくとも、十重は超えるべきだ。

内部の酸素も封じるか? いや、足りない。次元ごと封じねばなるまい。

手加減など烏滸がましいとかいう範疇ではないのだ。

最早、己の姿を隠して決め手に欠けるなど、気にしている場合ではないのだから。


「紫薙武辿・天封式」


[それ]を覆う、紫透明の柱。

巨大な、大神殿でも支えるのかと思えるほど巨大な柱。

三角を創り出す三対の柱は[それ]を忠臣として並び立ち、巨大さに似合った重々しい威圧感を纏っていた。


{……ほう、良い技だ}


感慨深く、[それは]息をつく。

男が放った柱は封じることに特化した技だ。それこそ、四天災者にも通じる自信がある。

己の全魔力を込めた、最大級の技。封じるという概念を持つ結界からすれば、最高の技でもあるだろう。

それを用いねば、[これ]は封じられないと、男はそう判断したのだ。


{これを破るには武器が要るな。あるのは、太刀か。槍であれば良かったが、これでも、まぁ、良い}


一閃、振る。

ただ横薙ぎに、構えもせず。

羽虫でも払うかのように、一筋。


「……嘘だろ」


それで全ては破られた。それで全ては切り開かれた。

男の最大最高全力は、余りに呆気なく。


{悪くはなかった。手応えがあったぞ}


「へいへい、そりゃ結構……」


パチン。

男は指を鳴らすと共に、その姿を消す。

端的に言って、逃げた。全速力で、逃げた。

[それ]は男が指を鳴らして注意を引き、踵を返して走り出し、そのまま荒野の果てに消えていく様を、まるで雫が砕ける様を見るかのように見ていた。

酷く遅く、鈍く、脆い、その姿を。


{まぁ、良い}


声色に不快感はない。

否、むしろ上機嫌ですらある。

少女の肉体を得た[それ]は静かに、静かに、静かに。

廃墟の元へと、歩んでいった。



読んでいただきありがとうございました

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