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獣人の姫  作者: MTL2
滅国を覆うもの
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真紅の荒野

あの男の魔法は、結界だ。

それは間違いない。結界だったはずだ。

自分の攻撃を防いだのも、この国を覆っていたのも。

間違いなく、結界だ。


「俺がこの国の探査に回された理由はな、何も魔法だけじゃねぇんだよ」


パチン、と。

男は指を鳴らしながら、頬を歪ませる。

覆面で見えぬはずの口元が鮮明に見えるほど、その男は、嗤っていた。


「ここ、俺の親父の出身国でな。餓鬼の頃に一度か二度、居たんだよ」


「……だから、何です?」


「故郷って良いよね、って話」


パチン、と。


「ッッッ!!」


紅蓮の刃が跳ね、少女の肩が生々しい音と共に変形する。

何かを刃に当てられた。凄まじい衝撃故に肩が外れたのだ。

利き腕を封じたこの刹那。相手が逃すはずが無い。


「ほら、次々行くぜ」


迫り来る不可視に近い結界の弾丸。

少女はそれを視覚ではなく直感によって回避するも、寸前で自身の眼前全てが覆い尽くされていることを知る。

先刻の天陰・地陽(てんちめいどう)を放つ以前の弾丸は全て小手先調べでしか無かったのだろう。

今は、本気で来ている。


聖闇・魔光(てんちしんめい)ィッッーーーー!!!」


咄嗟に展開された紅蓮の衣。

真紅の焔が盾となりて全ての結界弾を弾き、或いは防ぎ。

少女のその身を守り尽くす。


「邪魔だぜ、その衣」


パチン、と。


「……な」


少女の身より、その衣は消え失せる。

視界の端に映るのは紫透明の結界に封じ込められた、紅蓮の球体。

それが自身の聖闇・魔光(てんちしんめい)である事に気付くよりも前に、次の弾幕が彼女の眼前へと迫っていた。


「こ、の、がァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


肩胛骨の変形すら、ねじ曲げる。

脱臼した肩で無理やり魔炎の太刀は振り抜かれ、爆炎を用いて弾幕全てを灰燼に帰す。

その姿は最早、灰燼の中に佇み紅蓮を纏う、[何か]だった。


「うぉー、怖ぇ」


「舐め、るなァアアア……!!」


少女の掌が肩に添えられボゴンと生々しい音と共に、変形は正常へと歪められる。

激痛など、最早、一縷として取るに足らない。

眼前の男を倒す為だけに、全てを賭けるが如く。


「悪魔か化け物か。くくっ、なァにが[獣人の姫]だ。これじゃただの[焔魔の姫]だぜ。……我ながら中々良い名付けだな」


突貫。

弾幕全てを斬り伏せ、追随するが如く迫り来る弾幕すらも無視した突貫。

四肢が切り裂かれ血が噴き出し肉が剥き出しになろうとも、止まらぬ突貫。


「一線を超えるか、小娘」


男は迷いなく、少女の眉間へと結界弾を放つ。

不可避。如何なる回避をしようとも避けきれない位置まで引き寄せてからの、発射。

一直線に向かい来る小娘相手には充分な攻撃。


「猪口才ッッッ!!」


焔で焼き尽くす訳でも太刀で切り裂くわけでも有り得ない回避をする訳でもなく。

受けた。眉間で、真正面から、一切の防御無く。

そして、弾いたのだ。


「超えたか、一線ッッッ!!」


鮮血舞う額を抑えもせず、構いもせず。

真紅に染まる視界全てを無視して。

男の首根を払うが如く。

死、或いは殺という一線を越えた少女は、迫る。


「紫薙武辿・螺旋」


少女の腹部に当てられる、掌。

紫透明を纏いしそれは彼女の腹部にて異形となり、螺旋を形作る。

その螺旋が彼女の腹を穿ち、紅蓮の刃が結界に弾かれることは。

男の中では最早、必然でしかなかった。


「が、ぁあああああああああ、あああああああ!!」


少女の腹を穿つ螺旋の一撃。

衣服を裂き皮膚を捻り骨肉を砕き臓腑を破す。


「終いだ」


貫通。

男の腕は少女の腹を貫き、血飛沫で荒野を紅に染める。

瓦礫も、太刀も、腕も、覆面も。

全てが紅色に、染まる。


「……ははっ」


男の肩口さえも。


「おいおい、最高硬度だぜ。斬るかよ」


刃は肩口の肉に埋まり、切っ先を傾ける。

男の首筋へと、迷い無く、切り裂く、為に。


「紫薙武辿・蠱牙」


紅蓮の刃を伝い、男の血はまるで生きて居るかのように少女の腹部へと入り込んでいく。

蠱の行軍と言えば当て嵌まるであろう程、蠢きながら。

針先よりも小さな、結界の結晶を運びながら。


「結界は俺の魔力に反応する」


己が首を狙う刃を素手で掴み、彼は一気に引き抜いた。

その時にはもう、彼の血は少女の腹部へと侵入しきっていたのだが。


「血は俺の一部だ。故に、魔力を宿す。少しぐらい離れていようとな」


獣が如く唸るばかりの少女。

彼女には最早、男の言葉を理解するだけの思考能力は無い。

あるのは、ただ。

一線を踏み越えた故の幻惑と、戦乱に狂おしいほど愛された慈愛。

故、白き焔を纏うばかり。


身体ナカミから弾けろ」


パチン、と。

少女は霧散する。

その四肢を、身体を、脳髄を。

体中に行き渡る生命の息吹に送られた、毒によって。

弾けるように、水風船が溶けるように。

内部から、弾け飛び、霧となる。

最早、肉片一つを残す事すら許されない。

血管一本、骨片一枚、臓腑一欠片。

残す事は、許されなかった。


「闘争の果てに有るは無だ。或いは死だ。それらは同一であり、決して同様じゃない。一線を踏み越えるのは、そこに飛び込むということだ。その狭間に生きるという事だ。それは如何様の恐怖だろうかなァ」


パチン、と。

男は指を鳴らし、踵を返す。

最早、一本の太刀と一着の衣のみが残され。

真紅に染まったその荒野に、背を向けながら。



読んでいただきありがとうございました

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