白焔に焼き尽くされど彼の者は嗤う
「あ、何か面倒ごとが起きてる感じする」
男は空を見上げながら、そう呟いた。
瓦礫の中に埋まった少女を前にして。
面倒臭そうに、呟いていた。
「こっちもこっちで何かしぶといし、これ外れクジだな」
「……外れクジで申し訳ありませんね」
「いやホントにね。何で俺の一発喰らって生きてんのかね? どんな大男でも軽く両断よ?」
「華奢な女の子は鋼より堅いって事ですよ。……で」
瓦礫を掻き分け、彼女は立ち上がった。
紅蓮の衣には幾つもの[ほつれ]が出来ており、紅蓮の刃には焦げ痕が着いている。
何度も男の攻撃を受けたが、或いは防いだが故に出来た痕跡。
否、受けきれなかった、防ぎきれなかった痕跡。
「結界ですね、それ。結界を銃弾みたく飛ばしてる。そんであの廃墟を壊したのも同じ。拳に結界を纏って内部から両断した」
「何? お前ってそっち系? 科学者って苦手なんだけど」
「何度も受けりゃ解りますとも。いや、今はいつもよりーーー……」
指先から伝わる感覚が心地よい。
幾千数多の激痛の中に通る、一本の線。
有象無象が如き泥の中に埋まる、一本の線。
例うならば己の全身を縛り付ける鎖であり、自分の身体を支え穿つ鎧であり。
人間と精霊の中で蠢く、ただ一つの何かであり。
「冴えてるんですよ。刃の切っ先が如く」
「やっぱ早めに殺した方が良いわ、お前」
双腕の指を鳴らし、男より放たれる結界の弾丸。
不可視に近い速度で放たれたそれは少女の頬を擦り、背後の残骸を穿つ。
避けたのだ。端的に言えば。
数メートルの間より放たれたそれを、数秒以下の動作で。
「うっそーん……」
驚愕に顔を染めながらも、男は少女に対し結界の弾丸を放ち続ける。
然れど、彼女は音も無くそれら全てを避ける。受けもせず防ぎもせず、避けるのだ。
静寂の荒野に響くのは崩壊音。或いは破裂音。
男の指を弾く音が虚しく響くばかり。
「避ければ、良いんだ……」
少女の足が粉塵巻き上げ、その姿を空間より削り取る。
視界から紅蓮の姿を消してしまった男は物言わず慌てもせず、ただ周囲に結界を張り巡らせた。
超人的機動は結構。然れど、盾を穿つにはどうするつもりだ?
如何なる攻撃もこの盾を削るにはたり得ない。
外部に張っていた結界を人間一人分にまで凝縮した結界。
砕くことは、出来ない。
「天陰・地陽」
滅国跡地に響き渡る轟音、埋め尽くす爆炎。
大地を穿たんがばかりの破壊は天まで到る。
白き焔は紫透明を喰らい尽くし、万物を燃やし尽くす。
「ご、がッ……!!」
ただの一撃ではない。
その異常なまでの威力や範囲も特筆すべきだが、それ以上に。
魔力が、喰われている。
「こんなーーー……!!」
亀裂は奔らない。
然れど、結界は破壊されている。
削られているのだ、文字通り、全てが。
まるで溶かすように、結界の表面から全てを抉り取っている。
成る程、この技だけではない。この人間その者が異端。
否、人間ですら無いーーー……、それその物が異端なのだ。
「良ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいぜぇえええええええええええええええええええええええええええええッッッッッッッッッッッッッ!!!」
彼は、解いた。
己の身を守る盾を解いたのだ。
必然、白焔は彼へ襲い掛かり。
滅国全体を破壊し得る炎が、彼へと襲い掛かり。
その血肉を焦がす間もなく、彼の存在は無へと帰していく。
「これだこれだこれだこれだこれだ! 俺が求めたのは、こういうのだよ!!」
体が消えていくのが解る。
燃えるのでも、溶けるのでもなく。
その存在を無くし、消えていくのが。
何も残されないのだろう。例え、影ですら許されない。
そうだ、これで良い。
狂乱の終末はこれで良い。
「が、いただけない」
消えゆく世界の中、男は呟く。
貴様のそれは破滅だ、と。
「闘争は生死を賭けるモンだ。狂気を賭けるのも結構。信念を賭けるのも結構。だが、存在を賭けるのはいただけねぇなァ」
パチン、と。
彼は指を鳴らす。
最早、脳の一部と指先だけの存在となった彼が。
指を、鳴らす。
「サウズ王国最強の男、ゼル・デビット。スノウフ国精霊の巫女、ラッカル・キルラルナ。ギルド[冥霊]の魔剣士、デュー・ラハン。そして四大国の内、三つに座す化け物共……。四天災者」
世界は再び、構築されていく。
彼の指も腕も肩も首も脳髄も体も股も太股も指先ですら。
少女の白焔によって焼き尽くされ、破壊され尽くした全てが。
「奴等の[世界]に到ることはない。貴様は化け物のまま、力を持ちて異端となるばかりだ」
白煙を振り切った少女は驚愕に瞳を染めて、荒野に降り立つ。
今し方、全てを破壊したはずの男が平然と立っているが故に。
瞳全てを驚愕に浸して。
「異端。それは力ばかりではない。お前にとって生も死も同じなんだろ? だから殺すことを殺せるんだ。生も死も同じでしかないからだ」
パチン、パチン。
指が鳴らされるごとに、男の笑みは醜く歪んでいく。
スズカゼは気付いた。気付いていた。
その男がゼルに到る力の持ち主であることに。
自分と同等か、それ以上の力の持ち主であることに。
「気を付けろ、道化ほど怖いものはないーーー……。俺の好きな戯曲の言葉だ」
パチン、と。
「一回死にかけた礼はするぜ? お嬢さん」
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