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獣人の姫  作者: MTL2
 
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閑話[とある国長の追憶]

所謂、凶作だった。

理由は解らない。年月による脆化かも知れない。

それは一年ごとに迫ってきた。

一割、二割、三割と減り始めて。

去年では全盛期の八分の一だった。


「メメール様、このままでは……」


兵士に言われずとも解っていた。

我が国の主業は魔法石の発掘だ。

だが、それは言い換えればそれだけでしか成り立ってないとも言える。

原因はどうであれ、魔法石採掘業が衰退しては我が国に待っているのは滅亡だけだ。


「……ごほっ」


最近、体が怠くなってきた。

私も歳、という事だろうか。

そろそろ後継者を立てなければならない。

この国は民主制だが、私が指名した者ならば間違いなく長となる事が出来るだろう。

それは皆が、民が、私を信頼してくれているからこそだ。


「おい、また獣人が……」


「またかよ……。今月で何度目だ?」


それに、最近は獣人の犯罪数が多くなってきた。

採掘業が衰退していることを公にはしていないが、やはり何処かで感じ取ってしまうのだろう。

それに手は尽くしているとは言え、やはり獣人差別は未だ根付く問題だ。

どうすれば良い? どうすればこの状況を打破できる?

この手詰まりの状況をどうすればーーー……。


「良い方法がある。試してみんか?」


その取引を持ちかけてきたのは、妙齢の大男だった。

無精髭などからも私より少し年下か、それとも同じか。

何にしろ決して若いと呼べる人物ではなかった。


「何、簡単な話じゃよ」


男の提案したのは、非常に歪な案だった。

何と魔法石を一度に全て採掘しろというのだ。


「このまま残して置いても、いずれは朽ちる。ならば一度に取ってしまった方が双方の利益と成り得るのではないかね」


彼の提案は正しい。

このままでは間違いなく魔法石は完全に朽ち、この国は瓦解する。

それだけは防がなければならない。

国という家がなくなれば、民という家族の帰る場所は何処になるというのだ。


「こちらがギルドに記録を偽装しようではないか。その代わり、そちらは我々の提案に乗ると良い」


胡散臭い事は充分に承知の上だ。

彼が何を思っているのかなど私の知る所ではない。

だが、この提案に乗るべきである事だけは解っていた。

何も知らぬ民からすれば、何と思われるだろうか。

いや、私は幾ら手を汚そうとも構わない。

飢えた民の前で脂の乗った腹を揺らすだけ長が何処に居る。

飢えた民の前で脂ぎった指を自らの為だけに動かす長が何処に居る。


「……ご武運を期待する、とでも言っておこうかな」


男は老獪な笑みを浮かべてこの国を後にした。

その後、我々はすぐに行動に移った。

クグルフ山岳の魔法石採掘場に向かった。

魔法石の前にある岩壁を爆破すべく、[魔術師]である部下を連れて。


「メメール様! 下がってください!!」


結果は悲惨な物だった。

いや、悲惨などという言葉で済ませられない。

魔法石が暴走し、精霊や妖精が召喚される事態となってしまったのだ。

もうあの男に騙されただとか偶然だとか、そんな事は頭に無かった。

マズい。国に害が及ぶ。

最悪の事態だ、このまま放置は出来ない、と。

ただそれだけが頭の中を駆け巡っていた。


「サウズ王国に救援を要請するべきだ」


誰かがそう言った。

そうだ。あの国とは友好的な関係を持っている。

確かゼル・デビットという手練れの人物も居たはずだ。

藁にも縋らなければならない。如何なる謝礼でも払おう。

国の、民のためならばーーー……。


「す、スズカゼ・クレハです」


それは、恐らく成人もしていないような少女だった。

サウズ王国の獣人を救った第三街領主だと聞くからどんな人物なのかと思えば、年端もいかない少女ではないか。

いや、人を見た目で判断するのは愚かな事だろう。

この少女が如何なる人物かは解らない。

だが、この国を救ってくれるのならば、如何なる人物でも構う事はないのだ。


「……この国を、必ず救いますから」


少女はそう言って、クグルフ山岳に旅立っていった。

お供としてサウズ王国の王城守護部隊副隊長と、今は居ないが見知らぬ男を一人、連れて居たから問題はないだろう。

そして彼女と共に来たメイドさんが我が国で炊き出しを行ってくれるという。


「彼等が魔法石を破壊する事を、私は願いましょう」


懸命に炊き出しを行ってくれたメイドさんはそう述べた。

やはり彼女も、クグルフ山岳に向かった年端もいかない少女達が心配なのだろう。

私は、そんな年端もいかない少女達を騙して山岳へと向かわせたのだ。

件の話を持ちかけてきた男よりも、私の方が余程の詐欺師だ。


「おい! 急いで運べ!!」


スズカゼさん達が帰ってきたらしい。

だが様子がおかしい。まさか、何かあったのか。

聞けば命に別状はないが、意識不明の重体らしい。

あぁ、私は何と馬鹿なのだ。

こんな年端もない少女とその仲間を危険な目に遭わせてまで、この地位に固執しようとしているのか。

いや、違う。

この地位に固執しなければならないのだ。

自分が離れれば、誰がこの国を支える?

自分が離れて、もし獣人否定派の人間が地位を得たらどうする?

この国は、それこそ破滅に追い込まれるだろう。


「真実を話してください」


目覚めた彼女が述べた言葉はそれだった。

目を見れば解る。彼女は全て知っているのだろう。

全てを話すべきか? いや、駄目だ。

ここで話せば全てが水の泡になる。シラを切り通すしかない。


「メメールさん、私の言葉は予想で戯れ言で妄想ですか?」


駄目だ。

シラを切り通すのも限界がある。

だが、それでも切り通さなければならない。

この事が露呈すれば間違いなくこの地位を捨てなければならないだろう。

そうなれば恐れていたことが現実になる。

駄目だ、それだけは駄目だ。

獣人達は種族こそ違えど家族。その家族を見捨てるなど、私には決して出来ない。


「出来れば、これを出す前に貴方には自白して欲しかった」


私の小さな虚偽の覚悟を踏みにじったのは、小さなミスだった。

いや、ミスなどではない。

ほんの小さな証拠も残さず猜疑心を生むまいと行った、小さな失敗故の物だ。

それは私に天罰だと言わんばかりに牙を剥いたのである。

当然だ、私は天罰を受けるべきだ。

だけれど、それは私が死んだ後。

それこそ私の家族の安寧が保障された後でなければならない。

その為なら、私は鬼にでも悪魔にでもなろう。

そうだ、今、懐には護身用のナイフがある。

家族の為ならば、この少女も、いっそのことーーー……。


「……出来ない。出来るはずがない!!」


そうだ、何をやっている。

馬鹿だ。大馬鹿物だ、私は。

自分の失態を彼女達に押しつけて、あまつさえ傷付けようとした。

これが国長の、民を守る長のする事か?

これは大馬鹿物のする事だ。


「……クグルフ国の皆さんに、私からこの事は公表しません」


彼女は本当に全てを解った上で、その先すらも見通していたのだ。

大人が子供を諭すように、全てを私の口から述べさせるために。

あぁ、何と言う事だろうか。

彼女が救ってくれたのはこの国ではなく、愚かな私だったのだ。


「だけどよ、スズカゼ……」


私の悲壮に沈む空気の中で、不安そうな声を出したのは彼女のお着きの男性だった。

彼の言う通りだ。

我が国は主業である採掘業を失ってしまった。

その過程がどうであれ、結果は揺るぎない。

このままでは遠からず、私は自らの手で民を追い込んだことにーーー……。


「少し良い考えがあります」


彼女が述べた提案は皆の度肝を抜いた。

当然だろう、何故なら聞いた事もないような料理のレシピを言い始めたのだから。

だが実際に理には適っているし、この国では幸い輸出入の工業も魔法石関係から強いパイプがあるので輸入の野菜や肉には困らない。

彼女の言うしゃぶしゃぶ、という料理は道具と手順さえ用意すれば今すぐにでも出来るような物だった。

なのでメイドさんにも協力して貰って調理し、複数人の兵士や部下を連れてきて、私と共に実食して貰った。


「これはっ……!!」


言葉を失うとは正にこの事だ。

このでっぷりと太った腹に見合うほど舌の肥えた私でも唸るほどの、この味。

さっぱりとしている故に肉が面白いほど進む進む。

野菜もしなやかになっていて食べやすく、さらにペクの実の酸味がまた美味い!!


「これを名物に売り出してみてはどうでしょうか? とは言ってもいつまでも続くワケはありませんから、あくまでその場凌ぎでしかありません」


この少女は、何処まで先を見ているのだろうか。

つまり彼女はこの国を救うのは貴女達だ、と言っているのだ。

そうだ。愚か者は地面に伏したままだが、勇者は立ち上がる。

自分達は愚か者か、それとも勇者か。


「……感謝します。スズカゼ・クレハさん」


いや、自分は愚か者だ。

どうしようもない大馬鹿物だ。

だけれど、そこで立ち止まる気はない。

まだ問題は山積みだし、この先も真っ暗だ。

だが、それでも私は立ち上がろう。

愚者のままで居ないために、勇者で居るためにも。



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