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獣人の姫  作者: MTL2
滅国を覆うもの
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滅国に足を踏み入れて


「あー、懐かしい」


スズカゼは周囲を見回しながら、懐古の思いを馳せるような素振りも見せずに言い放つ。

視線は正面へ。雰囲気は重く。然れど言葉は気軽く。

嘗ては北国一行や盗賊団と争った、この場所を見て。

彼女は、言い放つ。


「来たことが?」


「ちょっとね」


尤も、前のように泥に足跡の付いた場所もなければ愚か愚か言う人も居ない。

ここに来るまでも可愛い獣人に送られた来た訳ではなく、歩いてきた。

前とは随分と変わってしまった。この街の状況も、自分の状況も。


「相手が何処に居るかとか解ります?」


「い、いや、解らないッス。相手が乗り込んで来て……、そこから速攻で攻めてこられたんで」


「見張りとか立ててなかったんですか?」


「……俺が、そうだったッス。ただの迷い人かと思って声掛けたら、敵で」


「返り討ちにされた、と」


「……ッス」


見るに、酷く弱気になっているようだ。

確かに自分がきちんと報告しておけばと思う部分もあるだろう。

だが実際はどうだ。全員を倒すほどの、アレほどの結界を張る相手に報告もクソもあるものだろうか。

尤も、それを彼に言った所で無駄でしかないのだが。


「まぁ、今更です。切り替えましょう」


「……はい」


口端を結ぶ、シン。

自分のせいで仲間が死んだのだ。切り替えは難しいだろう。

然れど、切り替えて貰わなければ仕方ない。

今からそんな事で気を沈ませていては、必ず殺される。


「構えてください。既に敵の懐中ですよ」


「ウッス。……まだ周りには居ない、いや、二人ッスか」


「四人ですね。その二人が態と殺気を立たせて、残り二人が裏に回ってます」


「……成る程」


スズカゼは鞘に親指を打ち付け、拍子リズムを取る。

相手の足音に会わせた機会タイミングをシンに共有させる為だ。

彼もそれを理解するが故に、瞳を瞼で覆い尽くして聴覚に意識を集中させる。


「かん、かん、かん」


スズカゼの眼球は左右へと動く。

シンが見えない敵を視線で追うのだ。そして、鞘を親指で叩いて拍子リズムを取る。

数少ない仲間だからこそ、意識を共有させられるのだ。

確実に相手を迎え撃つための、意識共有。


「地中の音は聞こえたか?」


刹那、スズカゼの姿はシンの視界から消え失せた。

彼女の足を地中から生えてきた腕が掴み、引き摺り込んだのである。

スズカゼの全身は土と岩に叩き付けられながら地中深くへと沈んでいった。

それこそシンが反応する間もなく、彼女が悲鳴を上げる間もなく。


「しまっ……!」


一瞬の隙だった。

消えたスズカゼの足下、即ち彼女が引き摺り込まれた穴に意識を奪われた、一瞬の隙。

四人の者共はそれを見逃さず、シンの首音を狙って一気に飛び掛かった。


「ーーー……ッ!!」


四人。各方向、四角形スクウェアの形で迫ってくる。

武器はナイフ。首の中、脈を切り裂くには充分な刃渡りを持つ。

一人か二人を倒したとて、残り二人に斬られるだろう。

こんな慣れた襲い方をしてくる連中が、仲間の一人二人の犠牲で止まるとは思えない。


「……ふぅー」


シンの首音に食い込む刃。

薄皮を切り、肉を斬り、血管を千切る、事はない。

一閃。回転。銀円。

者共の深緑が身体より漆黒の面を離す刃。

全ての首を切り裂き、否、斬ったことすら気付かせない一撃。


「全員斬りゃ変わらないってか」


自身の薄皮を裂き、その先まで届かなかった刃。

シンの衣服を裂くことすらなく、それらは首の無くなった胴体と共に地面へ沈んでいった。

四つの、骸。


「……」


シンからすれば、恐怖であったか、それとも驚愕であったか。

人を斬ったのは初めてではない。いや、むしろ慣れたものだ。

だが、そこではない。自分が恐怖し、或いは驚いているのは、そこではない。

斬ったのだ、四人も、一度に。

斬れたのだ、各方向から迫り来る四人を、一度に。


「……成長、か」


死の恐怖を痛感し、自らの無力を痛感したが故の成長。

で、あれば、それ即ち、示す所。

死線を潜れば潜るほど、強くなれるということ。


「技じゃない」


今まで自分は技ばかり磨いてきた。

技も昇華させれば力に勝るから、と。

然れど、それだけではない。それだけではなかった。

技ばかり磨いても、それを使う自分が拙ければ意味など無いのだ。

死線を潜り、技を磨けば、自分も、魔力など殆ど持たない自分でも、強くなれる。


「死して己が身を高める……」


背筋が凍ると同時に、沸き立つのが解る。

恐怖と隣り合わせの剣が道。死を携え刃を己の喉元に突き立てる覚悟。

諸刃の刃すらも喰らい尽くす、狂気。


「……この道が、俺の道なのか?」




「……痛ぇ」


一方、こちらはスズカゼ。

シンより数ガロほど離れた場所に彼女の姿はあった。

正確には泥まみれで体の所々に擦り傷が出来、足下に大人一人を転がした彼女の姿が、だが。


「ちょっと強く打ち過ぎたかなー? 起きないんですけどもね、コレ」


彼女を土に引き込んだのはシンを襲った一味の一人、なのだが。

本来は数ガロも地中を引きずり回せば全身を強く打って死ぬか骨の四、五本は砕ける物だ。

しかし、その者は計算を誤った。

スズカゼという、最早、人外に相応しい強靱さと戦力を持つ者の実力を。

故に、その者はそろそろ良いだろうと地上に這い出した瞬間、スズカゼに魔炎の太刀の峰で頭部をドカンとやられた訳で。


「つーか、ここ何処……。シンさんとかなり離されちゃったな」


周囲を見ても、瞳に映るは廃墟ばかり。

地中を潜って帰るか? いや、中に爆弾でも放り込まれたら洒落にならないし、やめておこう。

穴の中で何回転かしていて方向も怪しいし、周囲を練り歩くしか……。


「よう」


悩む彼女に声を掛けてきたのは、完全覆面フルフェイスを付けた金髪の男。

一目見れば解るその異常性に、彼女は静かに息を吐く。

強い、と。それこそゼルに負けず劣らずなほどに。

気を抜けばーーー……、死ぬ。


「何かご用で?」


「ちょっと殺り合おうや、お嬢さん」



読んでいただきありがとうございました

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