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獣人の姫  作者: MTL2
滅国を覆うもの
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狂乱を魅入りし死神


【シーシャ荒野】


「……これですか」


スズカゼとシンが見上げた先、否、最早、眼前。

腕を伸ばせば届く位置にそれはある。

天を覆い尽くす紫透明。肌先の産毛を焦がす危機感の嵐。

背筋が曲がろうとするほどに、それが危険だと本能が訴えている。


「そうッス」


シンはスズカゼよりも数歩下がっていた。

その危険性を知るが故に、決して近付こうとはしない。

この結界に触れれば全身が消滅、或いは抉られるのだ。

自分を庇った仲間はこれに文字通り[圧砕]されて、死んだのだから。


「多分、この結界は触れた者を消滅させるッスね。それでいて、その硬度はかなり高い。何より分厚いッス」


「分厚い、ねぇ」


「俺の仲間はこの結界に押し潰されたッス。つまり、それだけの分厚さがある。普通に攻撃しただけじゃ意味がないッスよ」


「…………ふぅん」


確かに、シンの言う通りだ。

普通に攻撃しただけでは砕ききれないだろう。

そして、未だこれだけの威力を放つという事は、保持されているということ。

即ち亀裂を入れた程度では何ら意味がないという事だ。


「一気に砕くしかない、と」


「一部の穴を探すしかないッスね。……あるかどうか解らないけど、何もしないよりは」


スズカゼは深く腰を落とし、大きく足を開く。

その手は鞘に、その指は柄に。

紅蓮の刃を構えて彼女は大きく、しかし静かに息を吐いた。


「少し離れて」


何をするのか、とシンが問うことはない。

眼前の少女を見れば何をするのかなど愚問であるからだ。

破る気だ、この結界を。


「……」


しかし、どうやって?

まさか刃で斬る訳にはいくまい。結界に触れれば消滅するのだから、刃ごと消えてしまう。

第一、斬り切れないのだ。刃を全て突っ込んで腕まで突っ込んで、漸く貫ける。

そういう、結界だ。


天陰・地陽(てんちめいどう)


それがどうした。

スズカゼにとっては数センチだろうが数メートルだろうが数ガロだろうが関係ない。

その技は全てを喰らう。魔力で構築された全てを暗い尽くす。

天を覆おうが地を這おうが、それら全てを喰らい着くせる。


「……は、ははは」


笑い声も、零れるだろう。

自身があれほど恐れた結界が破られたのだから。

結界のみでなく天の白雲を斬り地の土嚢を抉りて、それは放たれた。

少なくともシンの視界全てを破壊した、その一撃は。


「行きましょう」


それでいて、少女には息切れ一つない。汗一筋すら零さない。

平然と、白煙を上げる紅蓮の刃を鞘に収め、歩き出した。

シンは額から汗を流しながらも彼女の後に付いていく。

嘗て自分が見た、あの華奢な少女はここに居ないのだろうと確信しながら。

眼前の少女が人ということに、違和感を抱きながら。



【シーシャ国跡地】


「なっはっはっは! やァりやがったア!!」


チンピラは立ち上がり、拍手喝采スタンディングオーベーションを送る。

その頬は切り裂かれたように広がっており、牙は剥き出しで眼球も見開かれている。

彼の笑みも、最早、大爆笑だろう。三割の焦燥故の大爆笑。

残り七割は、期待。


「おォい! 誰か居るかァ!?」


彼の怒号に近い叫び声。

それに反応して何人かの隊員が慌てて入ってくるが、皆の顔は一気に青ざめた。

男に恐怖した訳ではない。かといって自らが不祥事を犯した故の恐怖でもない。

それは、ただ、未来への恐怖。


「[獣人の姫]の相手は俺がする。最高の、最高の相手になるぜ」


その言葉が指し示す意味は三つ。

一つ、彼女の相手は自分達では務まらないということ。

一つ、自分達が相手取るのは残る一名だということ。

一つ、スズカゼ・クレハが死ぬということ。


「し、しかし! それでは貴方様が!!」


「良ィんだよ。あの女はあの方の予想を遙かに超えてやがる。お前等が許容できる誤差の範囲を超えてんの。お解り?」


「……我々の任務はこの地の確保と操作。部外者の排除はあくまで過程的な」


「だが必要だ。だろ?」


もう止まらない。

この男のことだ。計画を破綻させるほどの無茶はしないだろう。

だが、裏を返せば計画を破綻させない程度ならば何でもする、ということ。

そして彼はスズカゼ・クレハに目を付けた。自身達の主は彼女を酷く気に掛けていたが、そこに殺すなという文字は無かったのだ。

それ即ち、最早、彼女に生き残る術は無いということ。


「……結界はどうするつもりです」


「適当に張っとくさ。どうせ一回は破られたんだ。二回三回張っても無駄だろ」


「援軍が来た場合は?」


「それを処理すんのはお前等の役目だ。元々、俺の得意分野は結界じゃねぇんだしよ」


にぃ、と。

その笑みの質は変化する。

彼の手もまた、大きく広げられた掌から二本の指へと。

盾から刃に、変わる。


「さぁーーーーーーーーーーー…………て」


男は完全覆面フルフェイスを身につけ、その顔を黒く染め上げた。

金髪と眼光のみを露出させた様はまるで、死神。

戦乱の狂気を背負い、盾という刃を持つ、死神


「楽しもう、楽しもう、楽しもう。こんな強敵は久々だ。やはり俺達に平穏は似合わねェ」


男は立ち上がり、部下達は道を空ける。

その狂気に呑み込まれないように。あくまで自分達の平静を保つ為に。


「始めようかァ」



読んでいただきありがとうございました

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