滅国に座す者達
《ポートワイル海岸旅船・第一船室》
「またこの船なんですよね……」
「だ、大丈夫だと思いますよ、多分」
頭の上にジュニアを乗せながら、スズカゼのぼそりという呟きに、メイドもまた不安定な言葉で返す。
オンボロ船は足を踏み入れればぎぃぎぃと軋み、手を着けばめきりと喚く。
ブルレドワームの襲撃が無くても沈んでしまいそうな船だ。
いや、むしろ出発して数時間の今になって沈んでないことが奇跡と言っても良い。
「沈んだらメイドさん抱えて泳ぎ切れるかな……」
「わ、私もちょっとぐらいなら泳げますので」
「ジュニア。二人ぐらいなら抱えて飛べる?」
「きゅぅ!?」
「無理ですよ!?」
ぎゃあぎゃあと叫び出す彼女達のせいで、赤錆びた甲板はさらに軋みをあげる。
船内で船を操作する船員達が、本当に崩れてしまうのではないかと不安になる程に。
もうそろそろ注意に言った方が良いだろうか、と船長が言いかけた、その時。
彼の叫び声によって船は急激に方向を転換する。側部に座礁するほどの、急転換。
「んな、なっ、なぁ!?」
メイドはどうにか赤錆びた手摺りにしがみつくも、スズカゼはそのまま落下してしまう。
正確には手摺りしがみついたのだが、見事に瓦解したので水面に落ちたのだ。
やっぱりチクショウと叫びながら水面に落ちていく彼女の頭からジュニアは飛び立ちつつ、メイドの肩にちょこんと降り立った。
「やっぱりオンボロじゃないですかァアアアア!!」
「あ、あのー、大丈夫ですかーーー……?」
「水メッチャ冷たい! って言うかジュニア! ごく普通に見捨てんかった!? せめて素振りぐらいは見せんかい!!」
メイドの肩で飼い主から視線を逸らすジュニア。
暫く餌抜きにしてやろうかという彼女の眼光に体を丸めながら、ジュニアはメイドの衣服の中へと入り込んでいった。
「ったく、羨ましい……。じゃねぇや、早ぅ上がらんと」
取り敢えず気を取り直して、と。
スズカゼは錆び付いた船体に手を沿わせ、指の力で体を浮き上がらせる。
片手で浮き上がれるようになっているのだから、自分の身体能力も日々向上しているのだろう。
……そろそろ自分が怖い。
「こんのオンボロ船……、え?」
上がろうとした彼女の衣服を掴む、手。
酷く青ざめ、生きて居るかどうかも怪しいほどの、手。
幽霊か死体かとスズカゼが悩むほどの、手。
「……この人は、確か」
【シーシャ国跡地】
「はい、現状報告よろぴこ」
巫山戯た風に声を弾ませながら、男は瓦礫に踏ん反り返って居た。
その様はまるでチンピラでしかない。一山幾らの、ただの有象無象。
然れど周囲の者達はまるで違う。人を殺す事すら躊躇わない、否、その事について罪悪感だとか罪の意識だとかが全て欠如していると一目で分かるような者共だ。
彼等の冷淡な眼光はそのチンピラ風の男に向けられているが、それに尊敬や軽蔑の色はない。
あるのはただ一つ。
ーーー……恐怖。
「ロ……、失礼。隊長に現状報告を行います。シーシャ国の制圧は完了したものの、事前調査の護衛と遺体の数が合いません。隊長の[結界]によって圧砕されたと考えるのが妥当でしょう」
「圧砕ねぇ。手応えは微妙だったけどさ」
「一応は部下に巡回させていますが、恐らく敵はもう居ないでしょう。居たとしても部下が殲滅します」
「だろうね。あーぁ、こんな雑魚共が警備してんのなら俺が来る必要なかったろ。特殊部隊のお前等だけで良かったんじゃね?」
「万が一に備えてです。貴方が居れば一国を敵に回しても戦えるでしょうが、相手はあの大国に並ぶ巨大組織だ。……貴方の力が必要だったのですよ」
「ま、別に良いけどさ」
自ら振った話題だというのに、チンピラは急に面倒臭くなったのか手を振ってそれを打ち切った。
男はため息交じりに肩を落とすも、彼を咎める事はない。
その者に言葉を発するなど、あってはならないのだから。
「……んでさ、聴きたいんだけど」
金色の髪を弄りながら言葉を発す彼に、隊員一同の背筋が伸びる。
先刻の巫山戯た雰囲気ではない。言葉こそ軽くても、その後ろには確かな怒気があった。
「そこのお前とお前。警備に居た女でお楽しみだったな? そこのお前、警備の男から奪った金品があるな?」
指を向けられた者達はびくりと体を震わせ、静かに一歩を踏み出す。
皆の前から進み出た彼等の額には、大粒の汗が浮き出ていた。
いや、額だけではない。背にも腕にも臑にも。
全身から体温を奪い続ける汗が、流れ続けていた。
「強姦だろうが略奪だろうが、[お楽しみ]は戦時中に行え。今は任務中だ。戦争と任務は違う。解るな?」
「……Wis,隊長」
「それが解りゃ良いんだ! なっはっはっは!!」
大声を上げ、膝を叩きながら笑うチンピラ風の男。
部下は彼の大笑いに連られるように口端を引き上げ、ぎこちない笑いを浮かべた。
やがて一人、一人とそのぎこちない笑いに似合った声を上げていく。
彼等の後方で背筋を伸ばす者達が安堵に息を吐いたとき、その足下に薄桃色の脳漿が飛び散った。
「テメェ等のせいで作戦時間が五分遅延した。戦争だろうが任務だろうが、作戦は絶対遵守だ。五分の遅れで五百人死ぬと思え」
先刻、チンピラに報告を行っていた男は部下に合図を行い、死体を処理させる。
男は自身の金髪や無駄な装飾の無い衣服を弄りながら、煙草を食む。
その表情は先の巫山戯たそれだった。何ら危険性のない、楽観的なもの。
「……煙草が美味いねぇ」
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