海岸の慟哭
【スノウフ国】
《城下町・船着き場》
「いやぁ、楽しかった!」
「冗談じゃありませんよ、スズカゼさん。どれだけ大変な事になったと……」
曇天が晴れ、燦々と太陽が降り注ぐスノウフ国の船着き場。
白銀の雪を踏みながら、メイドに諭されながらもスズカゼは楽しげに笑っていた。
と言うのもだ。鬼面族の一件が終結したのは彼女、スズカゼ・クレハの一言によってだからである。
その一言を叫んだ途端に元老院が凍り付き、空気の抜けた風船のように彼等の怒りと事態は萎んでいった。
予期せず出た言葉だったが、まさかあんなに効果的だったとは。
「まさか、フェベッツェ教皇様のことを[お婆ちゃん]なんて……」
「いやぁ、癖で」
スノウフ国においてフェベッツェのことをお婆ちゃんなどと呼べるのは誰一人として居ない。
神の代理人、教皇という立場に立つ彼女だ。お婆ちゃんなどと呼ぼうものなら断首にされてもおかしくはないのだから。
「まぁ、何にせよ見送りが私だけで悪いわね」
和気藹々としたその光景を見ながら、ラッカルは申し訳なさそうに苦い笑みを見せる。
現在、スノウフ国の城下町は鬼面族が仕掛けたという爆弾の撤去や例の条約締結によっててんやわんやの大騒ぎだ。
フェベッツェやダーテンは勿論、ピクノもキサラギもガグルも、皆が大慌てで様々な業務に向かっている。
その中で唯一、ラッカルだけが見送りに来ることを許されたのである。
具体的には女の子、若しくは獣人が居る職場では邪魔になるので。
「いえいえ、ラッカルさん。見送りに来ていただいて何よりですよ。もー、誰も見送りに来なかったら寂しくて寂しくて」
「寂しくて?」
「もう数日滞在する所でした」
「私は別に歓迎なんだけど元老院とガグルが絶叫するからやめて欲しいわねぇ」
しかしここ数日の滞在と発言で嫌われてしまった物だ。
ガグルに至っては近付くなりジュニアが炎を吐くようになったので、先日は顔すら見てない。
キサラギとは模擬戦を行ったりピクノとはジュニアの世話について話たり、と。
中々忠実した数日間ではあったのだが。
「こっからどうするんだっけ? サウズ王国に戻って、直ぐシャガル王国へ?」
「そうですねー。南で海水浴と常夏を味わってきます」
「良いわねー。私も行きたいわ、シャガル王国」
「そうですよね、何たって」
「「水着!!」」
「ですよねー!!」
ゲラゲラと笑い合う二人から、メイドは静かに視線を逸らして晴天の空へ思いを馳せる。
嗚呼、今日もなんと良い天気なのだろうかーーー……、と。
《ポートワイル海岸》
「おい! 巫山戯るな!! 何で、なんで!!」
「良いからさっさと行け。若ぇのはお前しか残ってねぇんだ」
視界を赤く染める青年は、叫ぶ。
それは最早、慟哭だろう。目の前で足を引きずる中年の男に対する、魂の喚き。
このミスは自分のせいだ。それが解っているからこそ、叫ぶ。
叫ぶしか、ない。
「良いか、坊主。覚えときな。俺達ァ……、ギルドなんて立派な組織に入っちゃいるが、所詮は国からの溢れモンだ。お前みたいな坊主が来るトコじゃねぇんだよ」
「けど、オッサン!」
「うるせぇうるせぇ。お前はこの海を泳いで北に行け。スノウフ国の長は温厚らしいから保護して貰えんだろ。そんで暫くしたらギルドに行くんだ。そんで、報告しろ。シーシャ国が襲われ警備は全滅したってな」
「オッサンを見捨てろって言うのかよ!? 出来るわけねぇだろ!!」
「馬鹿野郎、お前。あの連中に勝てるとでも思ってんのか?」
中年が振り返り、視線を向けた先。
微かな紫を拭くんだ透明色の、何か。
シーシャ国跡地という巨大な半径全てを覆い尽くす程の、何か。
「あの連中……、いや……、あの男とまともに戦おうと思うな……。あんなの、大戦の中でも見たことがねぇ。間違いなく、四天災者に次ぐ強者だ……」
「解ってる! けど無敵じゃねぇだろ!?」
「喚くんじゃねぇよ!! お前と俺、たった二人逃がすのに何人犠牲になった!? 何が、犠牲になった……!!」
彼は全てが結合し得る寸前の結界から自分達を逃がし、消えていった仲間の姿を想う。
自分達を突き飛ばして、押し潰され、或いは燃え尽くされ、或いは切り刻まれた仲間の姿を。
最早、戻る事もないーーー……、己の片足の姿を。
「良いか!? 俺のこの傷じゃ、もう数日も持たねぇ!! だが、お前は未だ大した傷も負ってねぇ! このままじゃ俺達は何も出来ずに死ぬ! あの連中にここを奪われて、何も出来ずに死ぬ!! それだけは防がなきゃなんねぇ!! 俺達みたいなクソ野郎の溢れモンを拾ってくれるギルドを、危険に晒す事になる!! それだけは防がなきゃならねぇんだよ!! 解るか!? 坊主!!」
青年は何も言えなかった。
己の頭では理解している。然れど、応と頷くことを体が許さない。
ほんの一時とは言え、彼と彼の仲間とは共に過ごした身だ。それを見捨てるなど、自分に出来る訳がない。
出来るはずなど、ない。
「……オッサン、俺、やっぱり無理だ。何が何でも、オッサンを連れてく。もう、それしか!」
青年の胸を突く、掌。
中年の男は悔しそうに、然れど何処か嬉しそうに彼を海へ突き落とした。
高さ数メートルから突き落とされて水面に沈んだ彼は急いで藻掻き上がり、中年に文句を言おうと息を吸い込む。
そして、見た。
中年の男の首が自らの隣を過ぎ去り、沈んでいくのを。
「ーーー……っ!」
彼は急いで頭を沈め、深く目を瞑る。
もう、駄目だ。やるしかない。
自分に残された役目を果たすしかない、と。
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