救国の提案
【サウズ王国】
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「……お前、マジか」
所変わって、サウズ王国のゼル男爵邸宅。
その邸宅の執務室には顔を抱えるゼルの姿があった。
「えぇ、マジです」
そして、その彼の前で満面の笑みを浮かべるスズカゼの姿もあった。
彼女の後ろでは興味なさ気に空気中を漂う埃を見ているファナと、酷く気まずそうにゼルから視線を逸らすメイドの姿もある。
ゼルはそんな彼女達を前にして、再び大きなため息をついた。
「……自分が何したか解ってんのか?」
「別に? 私はなぁーんにも知りませーん」
「そうかそうかー……」
ゼルは手元にあった紙の束を持ち上げ、机へと叩き付けた。
そう、[クグルフ国新名物しゃぶしゃぶ大人気]と書かれた新聞を、だ。
「絶対にお前の仕業だろうが!!」
「なぁーんのぉーことぉーだかぁー?」
「お前マジふざけんなよ!!」
「良いじゃないですか。クグルフ国は急速に経済回復してるし」
「そういう問題じゃねぇんだよ! 伯爵位を持つ人間が非公式とは言え一国の国政に関わったんだぞ!? どんだけ問題を生み出すと思ってんだ!!」
「その点については問題はない。クグルフ国の長とは百を超えるような契約書を交わしている。いざとなれば私一人でもあの国を滅する」
「無茶苦茶言うんじゃねぇよ、ファナ……」
ゼルは頭を抱えて机に沈み込んだ。
確かにクグルフ国は四大国とは違って強固な国守力はない。
ファナ一人が攻めれば国を滅ぼす事も不可能ではない、かも知れない。
だが疑問点はそこではないのだ。
そもそもクグルフ国で小さな問題を解決するだけのはずが、どうして国長と契約を交わして帰ってくるのだろうか。
しかも多大な利益を出すような契約を、だ。
「もし、今回のこれを良い事に再び契約を迫ってきたらどうする? 非公式だからこそ裏を掻かれれば断ることも出来ねぇんだぞ……」
「「それは絶対にありません」」
スズカゼに揃って、メイドまでゼルの言葉を否定した。
普段、滅多にゼルへと意見しないメイドまで否定したのは少なからず彼を驚かせる。
その表情も戸惑っているだとか、そんな物ではなくて、断固として譲らないような、揺るぎない物だった。
「……根拠は聞くだけ無駄だろうな。それで、何か被害はなかったのか?」
「得には。ファナさんが片腕を打撲したのと、私が少し怪我したのと……。後はメタルさんが死にかけたぐらいですかね」
「一名大重傷じゃねぇか!! どうなってんだ!?」
「いえ、装甲獣車で轢いたのとファナさんの魔術大砲をくらいかけたぐらいですから」
「……それで死んでないのっておかしくねぇか?」
「細かい事を気にするのは止めました」
取り敢えず、メイドはこの会話に対する疑問を振り払いながら、ふとある事を思い出した。
今、彼等が話しているメタルはどうなったのか。
彼はサウズ王国に帰って来るなり、スズカゼに授けていた指輪を受け取って、ぶらぶらと何処かへと行ってしまった。
恐らくはメイス女王へと報告に行ったのだろうが、せめて何か一言ぐらいあっても良いと思うのだがーーー…………。
「あー、メイド。お前もご苦労だった。今日ぐらいはゆっくりしてくれて良いぞ」
「……いえ。紅茶を淹れますよ」
「帰ってきたばかりで疲れてるだろ。聞けばお前もかなり苦労したみたいだし……」
「だからこそ、ですよ」
メイドは優し気な笑みを浮かべて、衣服を翻して部屋から退出していった。
背後からゼルの少し驚くような声も聞こえたが、敢えてそれは聞こえない振りをした。
彼女からすれば今回の一件は少なからず衝撃的な事でもあったのだ。
人の上に立つ人間が、どういう思惑を持っていたとしても民を追い込んでしまったこと。
それは、微かにだがゼルと重なる部分もあった。
彼が獣人を擁護し続けてきたのは、自身の信念や民への思いがあったのだろう。
それは実を結び、獣人達は姫という存在を迎えてこの立場に立った。
けれど、もし一歩でも間違えれば今回のクグルフ国のメメールのように。
己を壊すことになっていたのではないだろうか。
「……だけど」
彼は今、確かにここに居る。
サウズ王国を守る王国騎士団長として。
獣人の姫と共に。
「……早く、紅茶を淹れましょうか」
《王城・応接室》
「お前の部下に殺されかけました」
屈託のない笑みでそう述べるメタル。
彼の表情には何処か怒りのような物が含まれている。
そして、そんな表情を向けられたバルドは仮面の笑みを歪めて口端を吊り上げていた。
「あの、私は今回の任務についての報告をお願いしたのですが」
「だから言ってんだろ。お前の部下に殺されかけました」
「もう少し詳細にですね……」
「クグルフ山岳に向かう時に後ろ向いたらファナの運転する装甲馬車が迫ってきててそのまま轢かれるわ焼き肉屋で飯くってたら店員の失言で何故か俺が魔術大砲を向けられて死にかけるわ……」
「……容易に想像できますが、えぇ。ご苦労様です」
「本当に、もう、ね。有り得ない」
「その点については申し訳なく……。……しかし、私が聞きたい用件はそちらではないのですよ」
バルドの笑みが変質し、仮面が如く表情から一切の色を排除した。
メタルもそれを感じ取ったのか、面倒くさそうに眉端を上げて髪を掻き毟る。
「居るんだろ」
「えぇ、お呼びしてます」
合図するように片手を上げたバルド。
彼のその行為が呼び出したのは、のそりのそりと動く男の影だった。
メタルは彼を見て思わずうぉっと声を漏らすが、その人物は彼の驚愕を塗り潰す。
「……まさか、国家お抱えの[鑑定士]に会えるとはな」
「ハロウリィ。メタル、だったかな」
「あぁ、よろしくな」
「さて、役者は揃いました。……話をしましょう」
バルドは手を組んで顎を起き、にっこりと柔らかな笑みを浮かべる。
メタルはため息混じりに椅子に腰を沈め、入室してきた男はゆっくりと椅子に腰を落ち着かせた。
「第三街領主、スズカゼ・クレハの正体について、ね」
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