閑話[鬼面族のお洒落]
【ロドリス地方】
《鬼面族の村・族長の家》
「若、少しお話が」
「……何だ、ソガネ」
スズカゼ達が帰還して数日後。
漸くいつも通りの平和が戻ってきた族長の家で、ソガネなる女性は膝を突いてアギトの前へ頭を垂れていた。
構わない、楽にしろという彼の言葉で彼女は顔を上げる。
上げて、アギトは目を見開いた。
「……面を被れと言った覚えはないが」
「解っています」
「面というのは戦闘か儀式用であってだな」
「解っています」
「と言うか面は被る物であって顔に塗る物では……」
「解っています」
ソガネの顔は白かった。
目元は黒く口元は真っ赤で、髪の毛はぐちゃぐちゃ。
素朴ながらも美しい彼女の顔は、何と言うか、奇異だった。
「……何があった?」
「その、姫がお洒落に関してどうこうと……」
「…………あの女共め」
どうやら早速影響されたらしい。
妙な事を吹き込まれないよう、数日間はユーラに監視させていたのだが。
お洒落も禁止すべきだった。仲間がこんなになる前に。
「今はラウディアンが捕まっています」
「あの男に何をすると言うのだ……。クォルとユーラは?」
「クォルは今必死に化粧を落としています。ユーラは逃げました」
「遅かったか……」
どうせクォルの事だ。断るに断り切れず化粧されるハメになったのだろう。
ユーラに関してはそこに至るまでに逃げたという訳だ。彼のこういう不真面目さであれば、クォルも見習うべきかも知れない。
「で、話とは何だ? 姫を止めろというのか」
「いえ、姫が若を呼んでおりまして……」
「そうか。今は条約に関しての資料を纏めている。ユーラに行かせろ」
「生け贄にしろと聞こえますが」
「案ずるな、そういう事だ」
ソガネは見逃さなかった。
彼の資料処理速度が格段に跳ね上がったのを。
微かに片足を浮かせ、即座に奔り抜ける準備をしていることを。
「……来なければ若なんて大嫌いになると申しておりましたが」
アギトは数秒の思考の後、資料処理速度を落として足も降ろす。
結局、彼等は数十分後にアメールの部屋に行くことになった。
その際に短い髪を三つ編みにされて木の実のように真っ赤で大きくなった唇の男と擦れ違ったのは言うまでもない。
「えへへー、どうかな? アギト」
で、彼女の部屋に入った二人を迎えたのは見事にお洒落したアメールだった。
いつもの可憐さに花を添えたような、随分と可愛らしい姿。
数人の犠牲の上に成り立った可愛さと言えばそれまでだが、その価値はあったのだろうと思える程に愛くるしい姿だった。
彼女が無邪気に浮かべる笑顔もまた、華麗だ。
「……可愛らしいのではないですか?」
無愛想にそう言い切る彼に、アメールはむっと頬を膨らませる。
相変わらず奇異な面のソガネはやれやれと言わんばかりに額を抑える。
「これだから若は」
「これだからアギトは」
「……な、何が?」
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