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獣人の姫  作者: MTL2
 
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閑話[紅蓮と教皇と鬼面と]


【ロドリス地方】

《鬼面族の村・族長の家》


「そう言えば疑問なんですけど」


フェベッツェが訪問してきて二日目。

鬼面族の村を見学し終わった彼女達は族長の家にて一時の休息を取っていた。

そんな中、スズカゼはフェベッツェとアメールに対し、気付いたようにある疑問を問う。


「鬼面族の村に女の子って居ないんですか?」


素朴な、疑問。

今日の見学でもそうだった。奇異の仮面を被った屈強な男は多く居たが、ただ一人として女の子は居なかったのである。

隠れていたのであれば、まぁ、解らないでもないが。

それでも一人として見なかったのはどういう事だろう。


「鬼面族には女の子が少ないんです。……そうですね、五年に一人生まれるか生まれないかぐらいと思っていただければ充分ですね」


「地獄かッ……!!」


「えぇーーー……」


「鬼面族の歴史については私もちょっと知ってるわ。確か鬼面族というのは女の子が生まれにくい部族で、生まれた女の子はとても丁重に扱われるのだったわね」


「はい! 鬼面族の姫というのは決まって女の子で、部族長の娘が選ばれるんです。けれど勿論、生まれない事もありますから、そういう時は部族の中から容姿として選ばれます」


「そして選ばれた子は名をアメールとするのね。部族の英雄、だったかしら」


老婆が微笑みながら問うた言葉に、アメールは顔を曇らせる。

スノウフ国からすれば嘗てのアメールは大罪人だ。だが、鬼面族からすれば英雄という立場にある。

この二つの差、或いは二つの国の宗教観が彼等を隔てている一部だ。

無論、それだけではないのだが。


「気にしなくて良いわ。私は確かに宗教上の最高責任者だけれど、今はただのお婆ちゃんだもの。……宗教っていうのは人生を支える物ではあっても、人生には成り得ないの」


彼女の瞳は、沈む。

皺も深くなり口端を落とし、酷く悲しそうな表情で。

今し方、自分が言った言葉に思うところがあったのだろう。

それは自分に対して言った言葉ではなくて、目の前の者達に向けて言った言葉でもなくて。

誰かーーー……、心の中の誰かに、向けた言葉。


「……暗い雰囲気になっちゃったわね。もっと楽しいお話をしましょう!」


「じゃー、そうですね。皆さんの好きな料理とか」


「私はグダゴロムロかぼちゃの煮込みグラタンかしら」


「わ、私はアンガルドルマ大虫の刺身です!」


「フェイフェイ豚の焼き肉とか美味しいで……、いやちょっと待ってアメールちゃん今何て言った?」


今何か部族の闇を垣間見た気がする。

いや、闇とか言っちゃ駄目なんだろうけども。

虫はタンパク源だって言うし……、栄養だし……。


「美味しいですよ! 食べますか?」


「え、いや、遠慮しておきます……」


残念そうに肩を落とすアメールの姿を見て少し心が揺らぐも、スズカゼはどうにか耐える。

虫は流石に。……虫は流石に。


「……そうだ、スズカゼさん! スズカゼさんが持ってる刀って何て言う魔具なんですか?」


「魔具? ……あ、これ魔具だっけ」


「自覚無かったのね……」


そう言えば魔具だった、これ。

今まで太刀として使っていたが、炎を纏うことも出来るし天陰・地陽(てんちめいどう)にも耐える刃だ。成る程、魔具だコレ。


「ベルルーク国の四天災者から貰ったんですけどね。もう殆どあの人の魔力なんて残ってないんじゃないかな……」


「し、四天災者……」


「スズカゼちゃんって何かと言って凄いわねぇ。サウズ王国の伯爵で四天災者二人と面識が……、あ、ダーテンもだから三人かしら?」


「……怖い人達でしたか?」


アメールの質問も尤もだろう。

実情を知らぬ人々、いや、或いは知る人々だからこそ彼等の恐怖は解る。

指先一本で師団を壊滅させたとしても何ら不思議ではない。否、そうあって然るべき者達。

故あればこそ、恐怖は必然となる。


「そうでもないですよ。ねぇ、フェベッツェお婆ちゃん」


「そうねぇ。ダーテンは優しい子よ? 昔なんてよくお花で冠を作ってくれてねぇ。今は毎年、綺麗な宝石をくれるわ」


「良いですねぇ」


「えぇ、毎朝あの子が起こしに来てくれるのがもう普通になっちゃって……」


アメールは彼女が語る事実に目を丸くするばかり。

一般的な認識からすれば四天災者は災害だ。

災害が花を愛でるか? 災害が人を敬うか? 災害が天を見上げるか?

つまりは、そういう事だ。

彼等は災害と言われる。彼等は化け物と呼ばれる。彼等は死と蔑まれる。

それでも、彼等はーーー……、人間であり、獣人であり、生き物なのだ。


「何だか私……、色々と勘違いしてました」


「アメールちゃん、大事なのはね? 人から聴いて全てを決めないことなの。誰かの言葉を聞いて、それを見て、触れて、感じて、判断するの。誰かの思いを享受するだけじゃただの傀儡だわ。自分の考えを持った上で誰かと共有するのが人なのだから」


老婆の微笑みと、少女の確かな頷き。

宗教という隔たり、国境という隔たり、立場という隔たり。

それらを解さない、やり取り。


「……平和、か」


少女は無意識の内に呟いていた。

きっと、世界が声を大にして叫ぶ平和とはこういう事を言うのだろう。

願わくばーーー……、この時が永遠に続いて欲しい、と。

そう、思うほどに。



読んでいただきありがとうございました

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