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獣人の姫  作者: MTL2
北の大国
426/876

曇天晴れずして世界は回る


《スノウフ海域・海峡線》


「寒い。死ぬ」


「東国育ちはこれだから愚かなんだよ」


「愚か関係なくね?」


ドラゴンの背中で豪風に掻き消されそうな声で言葉を交わすスズカゼとガグル。

一応は東国の伯爵なので、こうして個別乗竜という特別待遇を受けている訳だがーーー……。


「だってメッチャ不安定なんだもの!!」


「お前の懐に入ってるドラゴンと俺の嫌われ具合のせいだろうな」


「駄目じゃねーか!!」


時々揺れて、稀に旋回するドラゴン。

スズカゼの体勢は最早、乗るというよりはしがみつくという方が正しかった。

その内、背面飛行するんじゃないかというガグルの言葉も冗談に聞こえない。


「絶対これアカン組み合わせやろ!? 何でドラゴンに嫌われとる二人組!?」


「愚かにも普通の奴に任せると巻き込まれるから、っつーメイドの提案だぜ」


「あの人かい! いやそうだけども!!」


女の子と乗ったら是非とも後ろから抱き抱えたりきゃー怖いとか言い合ったり胸を揉んだり尻を撫でたり耳元に息を吹きかけたりしたかった。

それも全て見通していたというのか、メイドめ。

……当然ですよね、ハイ。


「あ、そう言えばメイドさんは無事でした? 怪我とかしてません?」


「問題はないけど旋回中に話しかけんの止めてくんね!? 愚かにも落下するんだけど!!」


「大丈夫大丈夫大丈いやちょっと待って背面飛行はヤバいヤバいヤバイってぇええええええええ!!」


明らかに一体、異常な動きを見せるドラゴン。

その背面にしがみつく二人の人物を眺めながら、フェベッツェとダーテンは静かに微笑んでいた。

元気ですね、そうねぇ、と。そんな風に言葉を交わしながら。


「あ」


「えっ」


まぁ、ドラゴンの背から二人が振り下ろされた瞬間にその笑みは消えるのだがーーー……。

それは別のお話。



【ロドリス地方】

《鬼面族の村・海岸》


「……若、申し訳ありません」


全ての嵐が去り終わった、その海岸。

そこには水面が外に目を集わせる男と、嬉しそうに微笑み続く少女。

さらに呆然と口端を引き攣らせる巨男と額を掌で覆い尽くす男。

そして、膝と拳を砂浜にに着きて頭を垂れる男と女の姿があった。


「我々の為に、踏み入った取引を無為に……」


「自惚れるな。貴様等が助かったのはあの老婆の慈悲に他ならない。……元より、俺は貴様等を見捨てていたのだからな」


「解っております。然れど、その上で」


「諄い。……諄い」


繰り返す男の牙は、歪んでいた。

全て掌。あの老婆の掌の上で、しわがれた溝に紅色を流すことすら出来ず、己達は踊らされた。

慈愛や慈悲。その類いすらもあの老婆にとっては信仰心の一つでしかない。

異常だ、狂っている。あの老婆も、あの四天災者も。

……然れど、それが正常なのだろう。奴等からすれば我々が異常であり、自分達が正常なのだろう。

それが当たり前なのだ。それが当然なのだ。

奴等、信仰者という者達にとって。


「正気など……、誰が保障する。我々が見ている物が、我々の世界が正しいなど、誰が保障すると言うのだ」


「……若?」


「狂っているのは世界だ。狂っているのは奴等だ。……だが、誰がそれを保障する? 全てから離れ暮らす我々の瞳が正しいと、いったい誰が」


「若!」


クォルの声により、アギトは静かに牙を沈めていった。

如何に奇異なる意識を持とうとも、それを保持する人間は変わらない。

奴等、大国側の人間が狂うていようとも、変わらない。

自身が護るものはーーー……、変わらない。


「……姫、戻りましょう。ここは冷えます」


「あ、う、うん!」


「貴様等も……、戻るぞ。空模様が怪しい」


「は、はっ! 了解しました!!」


「ソガネ。姫の衣を変えてこい。今日は村の者達と共に宴だ。……不可侵条約締結の、記念だ」


「御意に」


「ラウディアンとユーラは獲物を狩ってこい。特大のをだぞ」


「お、おう」


「…………」


「……行け」


彼の一言と共に、皆がそれぞれ行動を起こし出す。

しかしその中でソガネだけは動かなかった。

いや、正しくは彼女が連れて行くべきアメールが動かなかった、と言うべきだろう。

彼女は未だ海岸の果てを眺め続けるアギトに、口元を動かして。

何かを言おうと、何かを言おうと。


「……アギトは」


消え入りそうな、声。

曇天の中に沈むような、儚い声。

然れど忠臣はそれを聞き逃さず、微かに踵を傾けた。

砂浜に彼の靴後が刻まれたとき、少女は酷く悲しそうな声で問う。


「何を……、見たの?」


その言葉に、どうして応えれよう。どう答えれよう。

狂気と狂乱の権化を見た、と。どうして言えようか。


「……いいえ、何も」


アギトは踵を返し切り、全てが消え去った曇天の果てから視線を外す。

彼の心の内には何かの予感があった。

大陸から離れ、大国に属さない、聡き彼だからこそ感じた、予感。

四天災者が予感する異常。スズカゼ・クレハという異端。

その二つが決して無関係ではない。強いて言えば焔と火薬。

平穏の中で揃ってはいけない存在のそれが、どうして揃ったのか。

何故かは解らないが、もし二つが結合するような事があればーーー……。


「……揃った?」


微かな、違和感。


「偶然にも?」


それは、核心を突かない。


「……いや」


然れど、杞憂にあらず。


「アギト?」


「何でもありません。行きましょう」


それは、確信。

然れど、杞憂。

擦れど、突かず。

突けど、擦らず。


「……何が」


世界は、回る。



読んでいただきありがとうございました

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