鬼面族との別れ
《鬼面族の村・海岸》
「三日間の滞在、ありがとうね」
老婆が微笑みながら述べた言葉に、少女は笑顔を、男は冷や汗に引き攣った表情を返す。
滞在初日含め三日間。フェベッツェは毎日のがぁるずとぉくと鬼面族の見学を含めつつ、非常に有意義な三日間を過ごした。
アメールもまた、長としての心構えや人としての在り方など多くを老婆から学んだ。
男はただ、三日間の間、ずっと胃を痛めつつ汗を流す毎日だった。心なしか頬が痩けた気がする。
皆々がそれぞれの意思を交差させた三日間は無事に終わり、こうしてダーテンを始めとする聖堂騎士団の精鋭達が迎えに来た訳だ。
「……おい、お前等も行け」
そんな精鋭達の背後から送り出される、クォルとソガネ。
二人は酷く狼狽の様子を見せながらも、アギトのため息を合図として渋々鬼面族の元へと歩き出した。
彼等の姿があるという事は、やはりこちらの思惑など全てフェベッツェに見抜かれていたという事だ。
三日間、彼女が鬼面族以外の人間と連絡を取った事などないのだから。
「あ、私も行くんですっけ」
と、そんな彼等のやり取りを後方で見ていたスズカゼはふと思い出した。
そう言えば自分は人質の立場だったんだなぁ、と。
アメール以外、女の子の居ない三日間は酷く退屈であったが、アメールが可愛す過ぎたので良しとする。
「当然だろ! 愚かにも連れ去られたお前を取り戻しに来てんだからよォ!!」
「あ、お久し振りです、愚かさん」
「ガグルだ!!」
「些細な問題ですよ。あ、ピクノちゃんとラッカルさんは?」
「キサラギと本国待機だよ。ラッカルの変態アマ……、じゃねぇや。ラッカル副団長が愚かにも選択しちまってんでな。元老院を抑える役目もやってるぜ」
「物理的にですね解ります」
ガグルの気苦労溢れた顔を見ればよく解る。
あの面子ならば物理的でなくとも抑えられそうな物だが、それはそれだろう。
そんな事を考えながらも、彼女は取り敢えず海岸の元で待つドラゴンへと乗り込んだ。
その際にジュニアが怖がってスズカゼの懐へと潜り込んだのだが、寸なり入るその姿が彼女には途轍もなく悲しかったのだがーーー……、まぁ、別の話。
「んじゃ、アメールちゃん。私はもう帰るけど、機会があったらまた会おうね!」
「は、はい! その時はお洒落についていっぱい教えて欲しいです!!」
「今度来る時は綺麗なお洋服もいっぱい持ってこないといけないわね」
仲良く喋る三人に、事情を知らぬ聖堂騎士団の精鋭達は酷く困惑した事だろう。
そもそも立場の異なる、いや、敵対さえしている三人がどうしてこうも和気藹々としているのか。
いったい、この三日間に何があったのかーーー……、と。
だが、立場を知るダーテンやアギトは辟易としている。
この三日間にあんな事があってはな、と。
同じ場所に居ると言うのに、その海岸は異なる思想が飛び交っていた。
「……おい、四天災者」
「ダーテンで良いよ。何かな? アギト・アメール」
アギトは視線で合図し、海岸の端を示す。
未だ和気藹々と言葉を交わし合うスズカゼ達の話から外れ、聖堂騎士団達の元からも外れた、その場所を。
ダーテンは否定する素振りなど見せず、ただ従順に足を勧めていく。
「で、話は何かな?」
フェベッツェの後ろ姿がどうにか凝視できる程に離れてから、彼はそう述べた。
アギトもまた、アメールの姿が見える位置だ。
即ち双方が[何があろうとも]守護対象を助けられる場所に居る、と。
そういう事である。
「……四大国は今、どうなっている?」
「それを僕に聞くかい?」
「貴様だからこそ、だ。四大国では相当な異常が起きていたと話に聞いている。そして、その中心に居るのがいつもあの[獣人の姫]だとも、な。……サウズ王国の体勢変化、クグルフ国での魔法石暴走、西の精霊異変……。数え出せばキリが無い。それら全ては奴が中心に居て、奴が現れてから始まった事だ。これは全て偶然か?」
「偶然だよ」
「本気でそう思っているのだとすれば、貴様は」
「そう言わざるを得ないのさ。今はね」
その一言は全てを指し示す。
アギトの眼光が細められ、ダーテンの口端が微かに上がる。
それは確かに、全てを指し示していた。
「……僕はね、アギト・アメール。君達との諍いや領土問題なんて些細な物だと思ってる。一時期の、縺れだと思ってるんだ」
「解り合えるとでも言うつもりか?」
「逆だよ。取るに足らない事さ」
もし彼等が聖堂騎士団達の輪の中に居たのならば、皆が一斉に振り向いた事だろう。
自身の首筋を這う悪寒と、脳天を突く殺気に。
彼等はただにこやかに、或いは無関心に。
互いの臓腑を抉ろうとする程に、殺意を抱いていた。
「勘違いしないで欲しい、アギト・アメール。僕は決して君達を見下している訳ではないし無関心なわけでもないんだよ。個人的には、出来れば皆が仲良く出来れば良いと思ってる。……けど、それが難しいのも知ってる」
「ならば何だ? 貴様自身の感情よりも優先される物があると言うのか?」
「信仰だよ」
「……貴様等のご大層な信仰心、か」
「その通り。信仰者というのは心と魂を神の御許に捧げた存在だ。僕達は常に信仰と共にある」
「もしその信仰が貴様の喉元に刃を突き立てたら、どうする?」
「貫かれるさ。信仰者だからね」
白色の上に浮かぶ微笑みは、酷く温かくて、深かった。
今の言葉が建前や酔狂でない事ぐらい、解る。
この男は本当に、自身の首を捧げるつもりなのだ。
存在するかどうかも解らない神のために、己の全てを捧げて尽くす。
それは最早ーーー……、狂気ではないか。
「貴様は……、何だ?」
「何度でも言うよ。……信仰者さ」
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