紅蓮と仮面と白銀と
「お婆ちゃんとお話しましょう!」
両手を合わせ、まるで無邪気な少女のように溌剌として老婆は提案した。
その様子を見るのは寝間着姿のスズカゼとアメール。当然のことながら呆気にとられて、と付け足そう。
本日、あの会合と老婆の驚愕的発言が放たれてから既に数時間。
外は豪雪と漆黒に覆われ、既に出歩ける状況ではない。
そろそろ眠る時間だから、まぁ、お話というのも解らなくはないのだがーーー……、まさか彼女からこんな事を言い出そうとは誰が思おうか。
「いつもお仕事ばっかりで夜遅くまで夜更かししてたらダーテンが怒るのよ。だからこんな日にしかお話出来ないの」
「は、はぁ……。お話とは?」
「何でも良いわよ。ほら、最近の若い女の子がする[がぁるずとぉく]とか!」
「き、鬼面族には女の子が少なくて、ソガネぐらいしか話し相手が……」
「お洒落とかしないの?」
「お洒落って何ですか……?」
スズカゼは直感する。
あぁ、これは自分が補助しないと大変な事になるな、と。
「あ、アメールちゃん! お洒落って言うのはね、私みたいに綺麗な女の子になる事よ!」
「綺麗……?」
「あぁ、美人って言った方が良いかな?」
「美人……?」
「……可愛いって」
「可愛いですね!」
「うん、今何処を見て言ったのカナ?」
私は大きくなり過ぎちゃって、と自分の胸を見ながら顔を真っ赤にする少女と、別の意味で顔を赤に染める人物。
二人のそんなやり取りが可笑しいらしく、フェベッツェは口元を抑えながら静かに微笑んでいた。
スズカゼからすればここでお仕置きと称してアメールにアレコレやっても良いのだが、流石に北国最高責任者の前でそれはマズいだろう。
と言うかお婆ちゃんにそんなの見せたくない。
「えっとね、アメールちゃん? 胸は大きかったら良いって物じゃないのよ。どれだけ形が良いか、なの。……男の人は大きいのが好きなんて言うけれどね」
「ふぇ、フェベッツェ様は……」
「ここではお婆ちゃんで良いのよ、アメールちゃん。私も鬼面族の姫なんて言わないでしょう?」
「で、でも……」
「がぁるずとぉくだから良いのよ」
老婆の言葉に、アメールはただ、もじもじと指を絡めて俯いていた。
その真っ赤な顔が見られないようになのか、優しい微笑みが見られないからなのかは解らない。
だから彼女は俯いたまま、真っ赤に染まった耳だけをぴくりと動かして、小さな小さな声でお婆ちゃん、と言った。
「何この娘可愛い」
「若々しいわねぇ」
「……若々しいと言えばフェベッツェお婆ちゃん。お婆ちゃんが若い時はどんなのでした?」
「私が若い時は、そうねぇ」
フェベッツェは遠く、遠く、遠い過去に思いを馳せるように軽く首を傾げて手を添える。
数十秒ほど経っただろうか。アメールが漸く顔を上げて未だ自分の頬が熱を持っていることに気付き両掌で押さえた頃、彼女は静かにあぁ、と声を出した。
ダーテンに預けていた荷物から上着だとか腰当てだとかを色々と取り出して。
スズカゼの隣に荷物の山が出来た頃、彼女はとうとうそれを発掘した。
「懐かしいわねぇ」
彼女が取り出したのは白銀のペンダント。
そこそこ大きい、スズカゼの額の中心程度はありそうな程のそれ。
首に提げると言うよりは置物のような大きさだ。
彼女自身、抱えるようにそれを持っている事からも、恐らくは御守り代わりなのだろう。
「それは?」
「私がねぇ、教皇になった時に撮ったの。写影魔法って言ってとても珍しいのよ」
まぁ、要するに現代で言う所のカメラだろう。
確かアレは光をアレコレするような感じのアレだった気がするので、魔法でも出来ない事はないと思う。
まぁ、新聞などにも稀に写真が付いてるし珍しい話ではないが……、こういう知識は誰が思いついて誰が魔法化するのだろうか。
割とどうでも良いけれど。
「えーっと、映ってるのが……」
右から順に獣人の子供、老婆、美女、若い男、黒衣で顔を隠した少女らしき人物。
何とも、まぁ、妙な組み合わせだ事で。
「獣人の子供……、これシロクマ? え、まさかダーテンさん!?」
「そうよ。この頃は小さかったの」
「お、お婆ちゃんが居ます……」
「これは先代の教皇。私の母親代わりだった人ねぇ」
「この若い男性は?」
「昔の知り合いね。もう大分昔に居なくなってしまったけれど、私の初恋の人だわ」
「……えっ、もしかして中心の綺麗な人がお婆ちゃんなんですか?」
「そうよぉ」
間延びした、とても柔らかい声と共にスズカゼとアメールは写真へ飛びついた。
雪の姫君と言えば、そのままだ。その通りだ。
白銀の世界に降り立った、儚く白い女性。
触れれば溶けてしまいそうな程に繊細で、細やかで、美しい。
メイアウス女王にも負けず劣らずの、美女。
「これ……、えっ!?」
「お婆ちゃんも昔は美人だったのよ」
「今も結構な美人ですけどね!? 納得しましたわ!!」
「凄い……、綺麗……」
「アメールちゃんもお洒落すればこれぐらい大丈夫だわ」
老婆の微笑みに、少女は希望に満ちた瞳を輝かせる。
スズカゼはそんな優しい世界を前にして、ただ写真を凝視するばかりだった。
過去のフェベッツェという美女のせいで話題にはならなかったが、このフードを被った少女。
自分は何故だか、見覚えがあった。
いや、共感と言うべきだろうか。顔も見えぬ写真越しの少女に、共感を覚えたのである。
何故だかは解らないけれど。
きっと、余り良いことはないと思う。
今までもそうだったように、この少女が自分に良い物を齎すとはーーー……、思えなかった。
読んでいただきありがとうございました




