表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
北の大国
422/876

曇天の元にて来訪す

《鬼面族の村・海岸》


「……来たね」


「はい」


姫とアギトは静かに息を吐いた。

四肢の先が震え、足裏が地に縫い付けられる。

背筋を汗が這い奥歯ががちがちと鳴り響く。

来る、来る、来る。

圧倒的な脅威が、海を越えて、来る。


「あー、こりゃ四天災者ですね」


「だろうな。……いや待て、スズカゼ。何故貴様が居る?」


「ラウディアンさんにお手洗い行っていいですかって言ったら許してくれました」


「ラウディアン…………」


「まぁまぁ、良いじゃないですか。どのみち今から来る人と会わなきゃならないんですし」


「それもそうだが」


ぱきんっ。

その音は彼等の会話を制止させ、揺れ動く水面を静止させる。

ひび割れたのだ、文字通り。海面が凍てつき亀裂が走ったのだ。

そしてそこを歩む、二つの影。


「……来た」


白銀の氷塊を足場とし、彼等は歩んでくる。

世界に融け込む白き体毛と強靱なる肉体、そして全てを弾くが如き銀鎧。

世界を慈愛で覆う様な白き羽衣を纏い、歩む姿すら神々しき老婆。

たった二人が、いや、その二人こそが。

スノウフ国最高権力者にして、最強の者達。


「視界に入る海面全部凍ってんですけど。え、これ精霊?」


「……いや」


よくよく見れば、銀鎧を纏うその者の肩には冷気を放つ何かが居た。

大きさからして掌大。恐らくは妖精ーーー……、ではないだろう。

妖精は視界に映る海面全てを凍らせる威力など持ち得るはずがないからだ。

だとすれば精霊、だが。精霊というのはあれ程小さい物だろうか。


「あれは天霊[気候神・ウェイザムラフス]。四国大戦で奴が使っているのを聞いた事がある。……確か海上から攻めて来た敵国の軍艦全てを停止させたそうだ」


「天霊って妖精や精霊の最上種じゃ……」


「相手は四天災者だぞ。あれも手札の一枚に過ぎない」


改めて感じる、四天災者の異常性。

嘗てトレア平原に出来た海で遭遇した最上級精霊[シルセスティア]。

あれですら精霊の域を出なかったと言うのに、あの人物は平然と天霊を携えている。

そしてそれすらも手札の一枚に過ぎないというのだからーーー……、やはり、異常だ。


「改めて言いますけど、物凄い人を敵に回しましたね」


「元より覚悟の上だ。……姫」


「うん、解ってる」


姫はその拳を強く握り締め、背筋を真っ直ぐ伸ばしきる。

圧倒的な驚異と恐怖に苛まれようとも、己が背に負う物を落とさない、と。

そう言わんばかりに。


「……スノウフ国フェアリ教皇、フェベッツェ・ハーノルド様とお見受けします」


「えぇ、如何にも。この度は鬼面族に囚われたサウズ王国第三街領主伯爵嬢の身柄取引に参りましたわ。隣は同伴のダーテン・クロイツ聖堂騎士団長」


「宜しくお願いします」


「こちらこそ、宜しくお願いします。遅れましたが、私は鬼面族長が娘、アメール。そしてこおちらは付き人のアギト・アメールです」


「鬼面族長の娘は風習として嘗ての英雄の名前を受け継ぐのでしたね。えぇ、解りました」


スズカゼはその一連のやり取りを何も言えず見ていた。

いや、何も言わずと言うべきだろう。

フェベッツェが鬼面族の風習について言った後、空気を見て自分も何か言った方が良いかとは思っていた。

しかし、フェベッツェの微かに細められた目が彼女の口を噤ませたのだ。

何も自分を見ていたわけではない。恐らくは鬼面族の[英雄]と称した自分自身を見ていたのだろう。

ただ神々しく慈愛に満ちたその老婆の瞳は、深い。


「本来ならドラゴンに乗って騎士団と共に来るべきなのですが、ドラゴンに毒を盛られたようで。被疑者は聖堂騎士団副団長ラッカルが捕らえたのですけれど、心当たりは?」


「っ……」


明らかに、アメールと名乗った姫の顔が歪む。

端から話を聞いているスズカゼですら解る。クォルとソガネの二人だ。

恐らく彼等は何らかの理由から帰還が不可能と判断し、スノウフ国に留まった。

そしてドラゴンに毒を盛る事で鬼面族を援護した、が。

ラッカルによってそれを発見されたのだろう。後はフェベッツェの言う通り捕らえられてしまった訳だ。

もしここで知らないと言えば交渉はそのまま進むだろう。だがスノウフ国からすれば無関係という口実が出来る。

それは、つまり、二人が[処分]される事に他ならない。

だが、ここで知っていると口にしよう物なら、それはーーー……。


「知りませんな」


そう言い放ったのはアギトだった。

フェベッツェ同様、酷く冷たくて、深い瞳。

彼は平然と仲間を見捨てたのだ。否、仮面の下にある表情が平然としているかどうかは解らない。

然れどその声には一縷の同様も悲哀も、無い。


「あぁ、そう言えば我々は男女の傭兵を傭っていました。スノウフ国を離れると同時に解雇しましたがーーー……、どうやら払った賃金に不足でもあったようです。さらに手柄を見せつけようと調子に乗った結果でしょう。何、我々には関係ありません。ご自由に処分していただいて結構」


「そう。では、そのように」


「……それより、もうすぐ吹雪が来ましょう。この様な曇天の元で話すのも何です。良ければ村へ招待したい。交渉も長引くでしょうしな」


「えぇ、そうさせて貰おうかしら。立ちっぱなしはこの年になると辛い物があるわ。行きましょう、ダーテン」


「……はい」


アギトを先頭に、彼等は鬼面族の村へと歩を進めていく。

微かな、数歩の間だけ取り残されたのはスズカゼとアメールの二人。

ただ何も言わない。何も言えない。

それでもスズカゼの瞳には確かに映っていた。

アメールの、余りに悲しそうな表情が。



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ